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「豚に真珠」の意味とは?読み方、反対語や使い方、例文や例えを紹介!

「豚に真珠」という諺を聞いたことがあるでしょうか。

聖書を読んだことがある場合、似たような表現が聖書にある、と感じたこともあるかもしれませんね。

ここでは「豚に真珠」という表現について紹介します。

豚に真珠

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目次

  • 「豚に真珠(ぶたにしんじゅ)」の意味とは?
  • 「豚に真珠」の類義語
  • 「豚に真珠」の対義語
  • 「豚に真珠」の場面
  • 「豚に真珠」の例文


「豚に真珠(ぶたにしんじゅ)」の意味とは?

  • 「豚に真珠」の意味
  • 「豚に真珠」の由来
  • 「豚に真珠」の誤った使い方

「豚に真珠」の意味

「豚に真珠」というのは値打ちがわからないものにはどれだけ価値があるものを与えたとしても意味がなく、無駄である、ということを指します。

豚は真珠の価値が分かりませんよね。

また、どれだけ美しい真珠であったとしても、豚に与えては何の役にも立ちません。

「豚に真珠」の由来

先ほど聖書の話をしました。

新約聖書マタイの福音書7章6節には「真珠を豚に投げ与えてはならない」という表現があります。

この「豚に真珠」という表現はこの聖書から来ているのです。

「豚に真珠」の誤った使い方

「豚に真珠」を与えても、豚には似合いません。

しかし「豚に真珠」というのは決して全然似合わないという意味では無いのです。

「豚に真珠」というのはどれだけ価値があるものを与えても意味がない、という意味ですので間違えないようにしましょう。



「豚に真珠」の類義語

  • 「猫に小判」【ねこにこばん】
  • 「犬に論語」【いぬにろんご】
  • 「馬の耳に念仏」【うまのみみにねんぶつ】
  • 「馬耳東風」【ばじとうふう】
  • 「牛に対して琴を弾ず」【うしにたいしてことをだんず】
  • 「蛙の面に水」【かえるのつらにみず】

「猫に小判」【ねこにこばん】

「豚に真珠、猫に小判」と続けていうこともありますので、「猫に小判」という表現は知っている人も多いかもしれませんね。

これも同じで、どんな小判であったとしても猫に与えては意味がありません。

価値がわからない人に貴重なものを与えたとしても何の役にも立たない、ということを指します。

猫は確かに鰹節やまたたびには飛びつきますが、小判の価値がわからないですよね。

だからこそ、猫に小判を与えても何の意味もないのです。

「猫の前にコマン」という言い方をすることもあります。

京都いろはかるたの1つですから、小さい時にカルタで聞いたことがある、という人もいるかもしれません。

ただし、猫に小判を与えたとしても価値がわからないから安心、という意味ではありません。

「犬に論語」【いぬにろんご】

犬にどれだけ良い論語を解いたとしても意味がありません。

ここから、道理の通じないものには何を言っても無駄である、ということを指します。

どれだけ良い教えであったとしても、わからないものにはありがたみが通じない、だから無駄である、という意味を表すのです。

「馬の耳に念仏」【うまのみみにねんぶつ】

「馬の耳に念仏」というのも、人の意見や忠告に耳を貸そうとせず、少しも効果がない事を指します。

馬にどれだけ念仏を聞かせたとしても、馬はそのありがたみを理解しませんよね。

ただし、これには念仏のありがたさがこの人には通じない、という侮蔑の意味が含まれています。

そのため目上の人に使うことができません。

もしも目上の人に使いたい場合は「馬耳東風」を使いましょう。

「馬耳東風」【ばじとうふう】

「馬耳東風」というのは人の忠告や批判などを心に留めることがなく、聞き流すことを指します。

「東風」というのは春風のことです。

暖かい春の風が馬の耳もとに増えてきたとしても、馬はその風を感じることがありません。

中国の詩人、李白が「世間の人はせっかく作った詩を聞いたとしても、皆頭を振ってわからないという、それはまさに春風が馬の耳に吹きかけるようなものだ」と述べました。

この馬耳東風という表現はここから来ています。

また、関係がないという意味で使うことができません。

例えば、「今はあの芸能人のことで世間が賑わっているが、自分にとっては馬耳東風だ」という使い方はしないのです。

これは目上の人にも使うことができる表現です。

「牛に対して琴を弾ず」【うしにたいしてことをだんず】

「牛に対して琴を弾ず」は、愚かなものに対してどれだけ立派な話をしたとしても何の役にも立たない、ということを指します。

牛に対して琴を弾いても何の意味もありませんよね。

魯の公明儀が牛の前で美しい曲を弾きましたが、牛は草を食べていて何の興味も示すことがありませんでした。

しかし、蚊やアブの音や仔牛の鳴き声に近い音を聞かせたところ、耳をそばだてて歩き出したと言われています。

「蛙の面に水」【かえるのつらにみず】

「蛙の面に水」というのはどれだけひどい目にあわされたとしても全然気にすることがなく、平気でいる、ということを指します。

カエルは水をかけられたとしても問題ありませんよね。

嫌がることなどありません。

そのため、ずうずうしい人やふてぶてしい人に対し、皮肉で使うことが多い表現です。

これも京都いろはかるたの1つです。

ただし、堂々としている姿に対して使うのは誤りです。

例えば「あの人は舞台に立っても動じない、蛙の面に水のような人だ」という言い方はしません。

「豚に真珠」の対義語

  • 「鬼に金棒」【おににかなぼう】
  • 「走り馬にも鞭」【はしりうまにもむち】
  • 「火に油を注ぐ」【ひにあぶらをそそぐ】

「鬼に金棒」【おににかなぼう】

「豚に真珠」の対義語には「鬼に金棒」が挙げられます。

強いものが何かを得ることにより、さらに強くなることのたとえです。

もともと鬼はとても強いですから、素手であっても構いませんよね。

そんな鬼が鉄の棒を持ったら、ますます強くなってしまいます。

立ち向かうことなどできません。

ここから強いものが良い条件を得て、さらに強くなることを指すのです。

「鬼に金棒、弁慶に薙刀」と続けていうこともあります。

これは江戸いろはかるたの1つです。

金棒は「鉄棒」と書くこともありますが、「てつぼう」とは読みません。

「走り馬にも鞭」【はしりうまにもむち】

「走り馬にも鞭」というのは勢いのあるものや強いものがにさらに力を加え、さらに勢いを強めることを指します。

走っている間に鞭を打つと、さらに速く走るようになりますよね。

「走る馬にも鞭」という言い方をすることもあります。

「火に油を注ぐ」【ひにあぶらをそそぐ】

「火に油を注ぐ」というのは勢いの激しいものに対し、いっそう勢いを加えることを指します。

燃えている火に油を注いでしまうと、火に消えるどころかますます勢いを増してしまいますよね。

「燃える火に油を注ぐ」「油を注ぐ」ということもあります。

これは良い結果には使わず、その結果を望ましくないものにしてしまう場合に使うことが多いです。

例えば、「部員たちに部長が話をしたら部員たちがやる気を出し、試合に勝つことができた、部長が火に油を注いだのだ」などという使い方はしません。

また、「油上に火がついたよう」と間違えてペラペラよく喋る人のことを指す人もいますが、これは違う諺です。



「豚に真珠」の場面

  • 料理が苦手な人に高級なフライパンをプレゼントする
  • 携帯を使いこなせない人に新作のスマホを与える
  • コーヒーが嫌いな人にコーヒー豆をプレゼントする

料理が苦手な人に高級なフライパンをプレゼントする

いつの時代も料理が苦手という人はいますよね。

料理が上手な人は様々な包丁やフライパン、鍋などを使いこなします。

そして料理が上手な人ほど、それらにこだわることもあります。

しかしそもそも料理が苦手という人は高級な包丁などを手にする必要はありません。

「あれでなければ自分は料理はできない」という事はありえないのです。

そんな料理ができない人に高級なフライパンを買ったとしても、それこそまさに「豚に真珠」と言えるでしょう。

高級なフライパンは料理が上手な人、様々なメニューを作ることができる人、こそが使いこなせるのであり、全然料理ができないという人が使いこなせるものではありません。

携帯を使いこなせない人に新作のスマホを与える

最近ではスマホにも様々な機能がつき、使いこなせていないと感じる人も多いのではないでしょうか。

いまだにガラケーを使っている人も決して少なくはありませんよね。

そんなガラケーを使っていてスマホを全然使いこなすことができなさそうな人に最新の100,000円を超えるようなスマホをプレゼントしたとしても、それはまさに「豚に真珠」と言えるでしょう。

たとえスマホに慣れた人であったとしても、新しいスマホを手に入れればそれなりの時間をかけて慣れていく必要があります。

スマホなんてわからない、ガラケーで良い、などと思っている人に最新のスマホはもったいないかもしれません。

コーヒーが嫌いな人にコーヒー豆をプレゼントする

コーヒーが大好きな人は本当にこだわることがありますよね。

コーヒーを入れたとしてもミルクを入れるか砂糖を入れるか、その分量にまでこだわりがあるという人もいるでしょう。

そしてコーヒー豆の香りが大好き、という人も少なくはありません。

しかしコーヒーを飲まない人、そもそもコーヒーが嫌いな人にどれだけ高級なコーヒー豆をプレゼントしたとしても、それは「豚に真珠」です。

飲まない人にどれだけ高級なものはあげても意味はありません。

「豚に真珠」の例文

  • 「豚に真珠」の例文1
  • 「豚に真珠」の例文2
  • 「豚に真珠」の例文3

「豚に真珠」の例文1

「あの人に高級ブランデーをプレゼントするなんて豚に真珠だ、あの人はお酒を飲まないよ」

お酒を飲む人であれば、ビールやブランデー、ワインなどにこだわりを持つ人も少なくありません。

しかし、お酒を飲まない人にこれらのものをプレゼントしたとしても意味はありませんよね。

そんな時、「あの人にそんなブランデーをプレゼントしても豚に真珠」という表現ができます。

「豚に真珠」の例文2

「彼女は時計を持たない、そんなブランデーの時計なんて豚に真珠だ」

最近では携帯に時計機能があるということで腕時計を持つ人が減りましたよね。

確かに腕時計を持っていないということもあるかもしれませんが、そもそも携帯で十分だと思っている人に腕時計をプレゼントしたとしても、「豚に真珠」になってしまうかもしれません。

仕事柄腕時計をするという人もいるかもしれませんが、携帯がある以上、難しい問題です。

「豚に真珠」の例文3

「赤ちゃんに高級なブランド服なんて豚に真珠だ」

最近は赤ちゃんにも可愛らしい服がたくさんありますよね。

もちろん、成長の節目には着物などを着せ、写真を撮りたいと思うお父さんやお母さんも多いことでしょう。

しかし、普段着る服にはできればお金もかけたくないと思う人も多いのではないでしょうか。

赤ちゃんはすぐに大きくなりますし、食事などの時に汚れてしまうこともあります。

そのような赤ちゃんに1枚あたり何万円もするようなブランド物の服を着せたとしても何の意味もない、すぐに大きくなってしまうんだから、などという意味で「赤ちゃんにブランド物の服なんて豚に真珠」という言い方ができます。

icon まとめ

いかがでしょうか。

「豚に真珠」というのは意味がわからなかったとしても想像しやすいことわざかもしれません。

ただし、相手を豚に例えた失礼な意味合いになりますので、好意を抱いている人に対して使う事は避けた方が良いでしょう。