「万感の思い」の意味とは?類語、使い方や例文を紹介!
あなたは「万感の思い」をすぐに使えますか?
正しく理解しているかいまいち自信のない言葉はないでしょうか。
「万感の思い」という表現はそうした言葉の一部だといえます。
意味を理解して正しく使ってみましょう。
目次
- 「万感の思い」の意味とは?
- 「万感の思い」の類語や言い換え
- 「万感の思い」の使い方
- 「万感の思い」の例文
- 「万感の思い」の反対語や対義語
「万感の思い」の意味とは?
「万感の思いで」「万感の思いがこみ上げて」などと、「万感の思い」はスピーチなどでも多用されている言葉です。
もちろん、日常で耳にすることはありますが、堅苦しい感じの言葉であるため、親しい間柄では使わない傾向があります。
ただし、会社のスピーチなど、公の場においては多用されている言葉なので、知っていて損はありません。
ぜひこの機会に「万感の思い」の使い方をマスターし、自身の語彙力を増やしていきましょう。
「万感の思い」の意味ですが、「一瞬で心に浮かぶ様々な感情や思い」などを意味します。
例えば、学校の卒業式などで多くの生徒が目に涙を浮かべている様子を目にすることがあります。
きっとこの生徒たちは、これまでの学校生活のことを思い出し、様々な思いで泣いていることと思われます。
授業がつまらなかったこと、休み時間においての友達との談笑が楽しかったこと、面倒な行事が多かったことなど、力を注いで学芸会が無事におわり嬉しかったことなど、嬉しい気持ちや嫌な気持ちといった様々な思いがこみ上げて、一つの思い出となって泣いているのではないかと推測できます。
この様々な感情こそが「万感の思い」です。
つまり、この場面を文章として表すとしたら、「生徒たちは、卒業式で万感の思いに涙していた。」
などと表現できます。
このように「万感の思い」とは喜びも悲しみといった、全ての感情を含む思いを表しています。
- 「万感の思い」の読み方
「万感の思い」の読み方
「万感の思い」は「ばんかんのおもい」と読みます。
「万感の思い」は「万感」と「思い」の2つの言葉に分けることができます。
それぞれの言葉について一つずつみていきましょう。
「万感」とは「一瞬で心の中に浮かぶ様々な感情」「心にわきおこる様々な思い」を意味します。
喜びや悲しみなどの、異なる感情が入り混じっている感情を指している言葉です。
「万感」という漢字をさらに深く見ていきます。
「万」には「よろず」という読み方もあり、数量が極めて多いことを指す言葉となっています。
「あらゆること」「全てのこと」「十分な」という意味があり、あらゆるものが非常にたくさんある様子が伝わる漢字です。
また、「感」ですが、こちらは感情という意味の「感」です。
例えば、親しく思う感情のことを親近感(しんきんかん)、安心できる感情を安心感(あんしんかん)などと言ったりします。
これらの「感」も感情を表す言葉ですが、「万感」の「感」も同様の意味をもつといえます。
「万感の思い」の類語や言い換え
「万感の思い」の類語や言い換えについてみていきましょう。
- 「感無量」【かんむりょう】
- 「胸が詰まる」【むねがつまる】
- 「喜怒哀楽」【きどあいらく】
「感無量」【かんむりょう】
「感無量」という言葉もよく使われる言葉ですが、堅苦しい日本語であるため、日常的に使う言葉ではありません。
そのため、意味をしっかりと理解していない人が多いのではないでしょうか。
「感無量」という言葉もまた、「万感の思い」と同様、感情がわきおこると様子を表現している言葉であるため、類語にあてはまるといえます。
詳しく見ていきます。
「感無量」とは「感慨が計り知れないほど大きい様子」「何ともいえないほど深く感じている様子」を意味しています。
つまり、しみじみと心の感じ入る様子を表す言葉です。
例えば、子供の入学式に行ったとき、子供の晴れ姿をみて「大きくなったな」「この前まで赤ちゃんだと思っていたのに」などと、これまでの子供の成長をふりかえり、今の姿をみてしみじみと深く感じ入ることがあるかと思います。
その感情こそが「感無量」です。
何かの思いがずっしりと心に響いている様子を表しています。
この例えを文章で表すとしたら、「この前まで赤ちゃんだと思っていた我が子が、とうとう小学生になるとは感無量である。」などと表現できます。
ただし、「感無量」と「万感の思い」には明確な感情の違いがあります。
「感無量」の場合は、何か一つの思いを深く受け止めて感じ入る様子を表していますが、「万感の思い」には一つの感情に限らず、様々な複雑な感情が入り乱れている様子を表しています。
ここに明確な違いがあるので、使うときは気を付けて使いましょう。
「胸が詰まる」【むねがつまる】
「胸が詰まる」は「胸」と「詰まる」という言葉に分けて考えることができます。
「胸」とはあの体の一部である「胸」のことです。
そして、「詰まる」とは、ある空間に物が隙間なくいっぱい入る様子を表します。
「胸が詰まる」というと、直接的な意味としては、「食べたものが胸につかえる」という意味になりますが、比喩的な表現としては、「心配や悲しみ事で感情がたかぶり、胸が苦しくなる様子」を表現しています。
例えば、大好きな男性が他の女性と結婚をしたと聞かされた時、あまりの悲しみに感情がたかぶり、悲嘆してしまうことでしょう。
そのような様子を「胸がつまる」で表現することができます。
例えば、このシチュエーションならば、「大好きな彼が、あの女性と結婚したと聞かされ、胸が詰まった。」と表すことができます。
ここで「胸が詰まる」という表現を誤解しがちなのは、喜びの感情を表現する言葉ではないということです。
あくまで「胸が詰まる」は辛い心情であるときのみ。
喜びの感情に対して、「胸が詰まる」を用いることはありません。
誤用されているので気を付けましょう。
もし、「胸」とつく表現で喜びの感情を表したいのなら、「胸がいっぱいになる」などの表現が適切です。
この表現は悲しみや喜びといった思いを強く感じているときに使う言葉です。
「胸が詰まる」もまた「万感の思い」と同様、わきおこる感情を表す点で似ているため、類語だといえるでしょう。
ただし、「胸が詰まる」は悲しみや苦しみなどの辛い感情を表すのに対し、「万感の思い」は喜びや悲しみといった複雑な感情を表しています。
ここに違いがあります。
「喜怒哀楽」【きどあいらく】
「喜怒哀楽」とは人間のもつ様々な感情を表した熟語です。
漢字を一つずつ分けて見ていくと、喜びの感情を表す「喜」、怒りの感情を表す「怒」、悲しみの感情を表す「哀」、楽しむ感情を表す「楽」の4つの感情を表しています。
一つだけ、悲しみを表す感情が「悲」ではなく「哀」と表されるのが気になりますが、この「哀」という字は「悲しみの感情をさらに上回る悲しみを表す言葉」であり、強い悲しみを表現した字となっています。
使い方としては、気分の入れ替わりが激しい人や、感情がすぐに顔にでやすい人に対して使うことが多いです。
例文を挙げるとすると、
「あの人は喜怒哀楽が激しくて、一緒にいると疲れる。」
(あの人は感情の起伏が激しくて、一緒にいると疲れる。)
「あなたはすぐに喜怒哀楽が顔に出るね。」
(あなたはすぐに感情を表に出すね。)
などです。
「喜怒哀楽」は人間の様々な感情を表現しているという点で「万感の思い」と類語であるといえます。
ただし、「喜怒哀楽」には「万感の思い」にあるような「一瞬にしてわきおこる感情」は意味していません。
「万感の思い」の使い方
「万感の思い」の使い方をみていきましょう。
「万感の思い」を使うポイントは下記の通りです。
- 「一瞬にして」わきおこる感情であること
- 様々な感情が入り乱れていること
- 親しい間柄では使わない傾向がある
一つずつ見ていきましょう。
まずは「一瞬にしてわきおこる感情であること」から。
「万感の思い」は何かの出来事やイベントをきっかけにして、一瞬にしてわきおこった感情に限定しています。
つまり、日頃から感じていることや常に抱いている思いには使用しません。
何かの出来事やイベントをきっかけにして、一瞬にしてその思いが蘇っているところがポイントです。
次に「様々な感情が入り乱れていること」ですが、つまりは、感情が何か一つの思いにとらわれていないことを意味しています。
例えば、悲しい気持ちに打ちひしがれていたり、喜びの感情でいっぱいであるときなどといった、一つの感情を強く思っているときには用いません。
様々な思いを思い出して、複雑な感情がからみあった状態が「万感の思い」です。
また、「親しい間柄では使わない」ですが、一般的に堅苦しい表現なので、親しい間柄では使わない言葉となっています。
公の場でしか、耳にすることはないでしょう。
「万感の思い」の例文
「万感の思い」の例文を挙げてみましょう。
- 「万感の思い」の例文1
- 「万感の思い」の例文2
「万感の思い」の例文1
「勤続30年。とうとうこの会社を退職する日がやってきて万感の思いでいっぱいです。」
(勤続30年。とうとうこの会社を退職する日がやってきて、様々な思いがこみ上げています。)
会社で30年働き続けた人が退職するときに用いた言葉。
会社であった様々な出来事を思い出して、様々な感情がわきおこっている様子を意味しています。)
「万感の思い」の例文2
「彼が本番で一生懸命に走る姿をみて、万感の思いで「頑張れ」と声をかけた。」
(彼が本番で一生懸命に走る姿をみて、様々な思いがこみあがり、「頑張れ」と声をかけた。)
彼が一生懸命に走る姿をみて、これまでの彼の努力や走る辛さを思ったり、苦しそうだけど最後まで完走してほしいなどと、様々な感情を抱いて、声をかけている様子を表した表現。
「万感の思い」の反対語や対義語
「万感の思い」の反対語や対義語をみていきましょう。
- 「冷徹」【れいてつ】
- 「無感情」【むかんじょう】
「冷徹」【れいてつ】
「冷徹」とは「感情に左右されることなく冷静に物事を見ていること」「またその様子」を意味します。
「万感の思い」とは違って感情が表れていない言葉です。
そのため、「冷徹」は「万感の思い」の対義語だといえるでしょう。
例文としては、
「あなたは冷徹なものの見方をする人だね。」
(あなたは冷静に物事をみる人だね。)などがあります。
「無感情」【むかんじょう】
「無感情」とは「なんとも思わない」「気持ちのない様子」などを意味しています。
「人間味のない」「面白味のない様子」の意味としても用いられ、あまり良い意味では疲れていません。
表現としては「無感情な声」「無感情な話し方」などが挙げられます。
この「無感情」は気持ちのない様子を表すことから、様々な感情を表す「万感の思い」の対義語として捉えることができるでしょう。
例文としては、
「君の無感情のその声が、僕の心に突き刺さるんだよ。」
(君のその気持ちの入っていない声が、僕の心を傷つけるんだよ。)
などが挙げられます。
「万感の思い」という意味を誤解していた人はいたでしょうか。
「万感の思い」は何も良い感情だけに限定されていない感情表現です。
様々な感情が入り乱れているときに、ぜひ使ってみましょう。