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「昨日は人の身今日は我が身」の意味とは?類語や使い方、例文や反対語を紹介!

災害はいつ、どこで、誰にふりかかってくることはわかりません。

自分とは関係ない、なんて思っていても未来のことは誰にもわからないのです。

まさにこの世は「昨日は人の身、今日は我が身」の出来事がたくさんあるのです。

昨日は人の身今日は我が身

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「昨日は人の身今日は我が身」の意味とは?類語や使い方、例文や反対語を紹介!>


目次

  • 「昨日は人の身、今日は我が身」の意味とは?
  • 「昨日は人の身、今日は我が身」類語や似たことわざや四字熟語はどんなものがあるの?
  • 「昨日は人の身、今日は我が身」の使い方
  • 「昨日は人の身、今日は我が身」の反対語や似た対義語はなんだろう?
  • 「昨日は人の身、今日は我が身」をもっと深読みしてみよう
  • 「昨日は人の身、今日は我が身」の英語での表現は?


「昨日は人の身、今日は我が身」の意味とは?

「昨日は人の身、今日は我が身」の意味とは?

「昨日は人の身、今日は我が身」とは、他人にふりかかった災難が、いつ自分にもふりかかるかわからないことをいいます。

つまり、人の運命は予測しがたいことのたとえです。

このことわざは、不運や災難がひと事ではないのだ、という自戒を促していることわざで、「今日は人の身、明日は我が身(きょうはひとのみ、あすはわがみ)」とも今日と明日を逆にいうことがあります。

  • 「昨日は人の身、今日は我が身」の読み方

「昨日は人の身、今日は我が身」の読み方

「きのうはひとのみ、きょうはわがみ」と読みます。



「昨日は人の身、今日は我が身」類語や似たことわざや四字熟語はどんなものがあるの?

「昨日は人の身、今日は我が身」類語や似たことわざや四字熟語はどんなものがあるの?

「ひと事(ごと)ではない」「いつ何が起こるのかはわからない」をキーワードに類語やよく似た意味を持つ言葉を集めてみました。

  • 「浮世は回り持ち」【うきよはまわりもち】
  • 「情けは人の為ならず」【なさけはひとのためならず】
  • 「人の振り見て我が振り直せ」【ひとのふりみてわがふりなおせ】
  • 「栄枯盛衰」【えいこせいすい】

「浮世は回り持ち」【うきよはまわりもち】

「浮世は回り持ち(うきよはまわりもち)」とは、幸せや不幸せだったり、貧富などは絶えず人から人へと回っていき、一ヶ所にとどまらないということをいいます。

「浮世は水車(うきよはみずぐるま)」ともいいます。

「情けは人の為ならず」【なさけはひとのためならず】

「情けは人の為ならず(なさけはひとのためならず)」とは、人に情けをかけるのは、その人のためになるばかりでなく、やがてはめぐりめぐって自分に返ってくるのだ、つまり、人には親切にせよという教えです。

人と人との不思議なつながりをいう「情けは人の為ならず」は、相手の立場と自分の立場はいつ反対になってもおかしくない、という「昨日は人の身、今日は我が身」とよく似ている言葉です。

ちなみに、「情けをかけるのは、かえってその人のためにならない」というのは誤った意味なのでご注意くださいね。

「人の振り見て我が振り直せ」【ひとのふりみてわがふりなおせ】

「人の振り見て我が振り直せ(ひとのふりみてわがふりなおせ)」とは、他人の行動を見て、良いところは見習い、悪いところは改めなさいという意味のことわざです。

「昨日は人の身、今日は我が身」とは、他人と自分を比較して見つめなおす、という所では、同じような意味を持ちますよね。

「栄枯盛衰」【えいこせいすい】

「栄枯盛衰(えいこせいすい)」とは、物事には栄える時と衰える時があるということを意味する四文字熟語です。

この四文字熟語には「人の世というものは良いことや悪いことの繰り返しであって、確かなものではない」というニュアンスが含まれます。

「昨日は人の身、今日は我が身」と同じく、何が起こるかわからない点で「昨日は人の身、今日は我が身」とよく似ています。

「昨日は人の身、今日は我が身」の使い方

「昨日は人の身、今日は我が身」の使い方

「昨日は人の身、今日は我が身」は、主に「思いがけない災難」をいうもので「思いがけない幸運」に使うには適していない表現です。

(誤)「三丁目の鈴木さんが宝くじ当たったんですって。

『昨日は人の身、今日は我が身』っていうから、私も宝くじ買っておこうかしら」
上のような文は間違った使い方になるので気をつけて、正しく使いましょう。

  • 「昨日は人の身、今日は我が身」の例文1
  • 「昨日は人の身、今日は我が身」の例文2

「昨日は人の身、今日は我が身」の例文1

「『ながらスマホ』をしていると、ホームから落ちたり、人とぶつかったりするなどの危険性が高くなるそうだ。 『昨日は人の身、今日は我が身』だというし、スマホしながら歩くのはやめよう」

「昨日は人の身、今日は我が身」の例文2

「『昨日は人の身、今日は我が身』というけれど、まさか普段は風邪ひとつひかない自分までインフルエンザにかかるとは思わなかったよ」



「昨日は人の身、今日は我が身」の反対語や似た対義語はなんだろう?

「昨日は人の身、今日は我が身」の反対語や似た対義語はなんだろう?

災害が「ひと事ではない」ことをいう、ことわざ「昨日は人の身、今日は我が身」の反対の意味を持つ言葉にはどのようなものがあるでしょうか。

「ひと事でない」の反対語は「ひと事である」、つまり「自分とは関係ない」ことですよね。

人の事は人の事自分に関係ない、そんな世知辛いことわざを集めてみました。

  • 「対岸の火事」【たいがんのかじ】
  • 「高みの見物」【たかみのけんぶつ】
  • 「山門から喧嘩見る」【さんもんからけんかみる】

「対岸の火事」【たいがんのかじ】

「対岸の火事」とは、自分には何の関係もないので、痛くもかゆくもないという意味のことわざです。

向こう岸で起きている火事は、川(水)を挟んでいるので、こちらの岸まで燃え広がる心配はありません。

つまり、他人に災害が起ころうが、自分の知ったことではないということのたとえです。

「向こう河岸の火事」ということもあります。

「高みの見物」【たかみのけんぶつ】

「高みの見物」とは、第三者の立場で、傍観していることをいいます。

「高みの見物」には、どのように事が運ぶかじっと見守るというよりも、興味本位で様子をみるというニュアンスが強いことわざなので注意して使った方が良いでしょう。

「先輩の営業のテクニックを『高みの見物』させて頂きます」などのように目上の人に使うのはもっての他ですよ。

「山門から喧嘩見る」【さんもんからけんかみる】

「山門から喧嘩見る」とは、事件と関係のない安全な場所で、事のなりゆきを興味本位で見物することをいいます。

「山門(さんもん)」は寺院の門のことで、寺は一般に山の上にあったため、「山」の上にある寺院の「門」をとって、「山門(さんもん)」といいます。

山の上は高いところですよね。

つまり、自分には被害が及ばない高いところから見る喧嘩、ということのたとえなのです。

「昨日は人の身、今日は我が身」をもっと深読みしてみよう

「昨日は人の身、今日は我が身」をもっと深読みしてみよう

他人に起きた災害はひと事ではないのだよ、ということを諭すことわざ「昨日は人の身、今日は我が身」「昨日」「今日」「人」「我が身」の対比した言葉で作られています。

それぞれの言葉の意味を深く考えて、「昨日は人の身、今日は我が身」の持つ言葉の大切さを意識してみましょう。

  • 「昨日」と「今日」
  • 「人の身」と「我が身」
  • 「昨日は人の身、今日は我が身」は何を教えてくれる?

「昨日」と「今日」

「昨日の今日(きのうのきょう)」という表現がありますよね。

「昨日」とは「今日の一日前」のことをいいます。

つまり、「昨日の今日」とは、事が起こってから、わずかしか経っていないという意味になります。

「今日も飲み会にいくの?『禁酒する』と宣言したのは『昨日の今日』だったよね」

「『昨日の今日』だというのに、同じミスをまた繰り返してしまった」

要するに「昨日」「今日」の関係は「とても短い期間」のことをいうのです。

どれも「間髪を容れないで」「待ったなしに」というような、短い期間で次々繰り返してしまう、という意味で使われています。

「人の身」と「我が身」

「我が身」とは自分自身を指します。

では、「人の身」はどうでしょうか。

「人の身」とは、他人のことですよね。

では、自分以外の人という意味での他人とは、どのような人物を指すのでしょうか。

ただ自分以外の人というならば、親兄弟や友だちなども当てはまります。

ただ電車で乗り合わせただけで話もしたことのない人もいれば、その存在を永遠に知ることのない遠い国に住む人もそうですよね。

では、「昨日は人の身、今日は我が身」でいう「人の身」に当たる他人の場合はどうでしょうか。

ここでいう「人の身」は、自分が知っている人を指すこともありますが、多くは特定の人ではなく、漠然と「災害、不幸がふりかかった」人を指します。

その人それぞれを知ってはいなくても、災害や不幸がどんなものなのかは多くの人は知っています。

信じている人から裏切られたら悲しみや怒りがわいてくるでしょうし、災害にあえば今後どのようにすればよいのか途方に暮れてしまうでしょう。

つまり、同じ目にあってはいなくてもその状況を想像ができるのです。

自分にとって他人ということは、相手にとっては自分が他人だということです。

他人と自分の違いは、まさに紙一重なのです。

「昨日は人の身、今日は我が身」は何を教えてくれる?

人の運命はどのように変わるか予測できないからひと事でいてはいけない、またはひと事だと思っていたら自分にも同じ災難が降りかかってきた、という意味の「昨日は人の身、今日は我が身」は、私たちに何を教えてくれることわざなのでしょうか。

ひと事ではないとは、自分にも同じようなことが起きるかもしれない、ということです。

つまり、自分の身に置き換えて、「何ができるのだろうか」「何をすべきなのだろうか」と考えることではないでしょうか。

相手の立場になって考えることは、相手の状況に関心を払うことでもあります。

さまざまな状況に関心を払うとは、多角的視野を持つことにもつながります。

自分の利益や自分の欲求ばかりに気をとらわれていては、視野が狭くなり状況が把握できにくくなります。

広い視野を持つことで、困難な状況も乗り越えられるのではないでしょうか。

「昨日は人の身、今日は我が身」の英語での表現は?

「昨日は人の身、今日は我が身」の英語での表現は?
  • “Misfortunes can happen to anyone.”
  • “Today you, tomorrow me.”

“Misfortunes can happen to anyone.”

「不幸は誰にでも起るもの」

“Misfortunes”"とは、不幸や不運という意味です。

不運をいう「昨日は人の身、今日は我が身」と同じ意味です。

“Today you, tomorrow me.”

直訳すると「今日はあなた、明日は私」「昨日は人の身、今日は我が身」の訳としてインターネット検索でヒットする表現ですが、実は、これは「お互い様」という意味で使われることが多い表現です。

どちらかというと他人に親切にするとめぐりめぐって自分に返ってくるのだということわざ「情けは人の為ならず」に近いです。

icon まとめ

「昨日は人の身、今日は我が身」ということわざで、自分にいつ災難が降りかかってくるのかとビクビクしたり、悲観的にとらえることはありません。

「関心を持つこと」が重要なのです。

「浮世の苦楽は壁一重(うきよのくらくはかべひとえ)」ということわざもあります。

「この世の苦楽は隣り合っていて変転極まりないものであるから、苦境にあっても悲観することなく、楽境にあっても楽観は禁物だ」という意味です。

常に意識し、注意を払っておけば、急に災難がふりかかってきた時でも落ち着いて対処ができるのです。

「昨日は人の身、今日は我が身」を教訓にして、世の中のことを積極的に知ることが大切なのです。