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「明日ありと思う心の仇桜」の意味とは?類語、使い方や例文、反対語を紹介!

嫌な事や、面倒臭いこと、疲れている時などに「明日にしよう」と思った事はないでしょうか。

何かと理由や言い訳をしては自分自身に言い聞かせたり、開き直って結局やらずに終わってしまった経験を持つ人もいるのではないでしょうか。

人は現状に切羽詰まっていなければ今できる事であっても引き延ばしたりします。

ですがそれは必ず明日があると思っているからです。

ですがなかには「明日ありと思う心の仇桜」をしっかり心に刻む人もいます。

今回はこの「明日ありと思う心の仇桜」について色々みていきたいと思います。

明日ありと思う心の仇桜

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「明日ありと思う心の仇桜」の意味とは?類語、使い方や例文、反対語を紹介!>


目次

  • 「明日ありと思う心の仇桜」の意味とは?
  • 「明日ありと思う心の仇桜」の類語や似たことわざ
  • 「明日ありと思う心の仇桜」の使い方
  • 「明日ありと思う心の仇桜」を使った例文
  • 「明日ありと思う心の仇桜」の反対語や対照語・対義語
  • 「明日ありと思う心の仇桜」から学びたい事


「明日ありと思う心の仇桜」の意味とは?

「明日ありと思う心の仇桜」は【あすありとおもうこころのあだざくら】と読み、浄土真宗の宗祖とされる親鸞聖人が弱冠9歳の時に、比叡山の青蓮院を訪れ得度(仏教における僧侶になる為の儀式で、剃髪し戒を守ることを誓約し、戒名(僧名)を与えてもらう事)を受ける際に詠んだと伝えられています。

慈円僧正から「もう夜が遅いので得度の儀式は明日にしてはどうか」と言われた際に、「明日ありと思ふ心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは(明日もきっとまだ桜が咲いていると思えば、夜更けに嵐がきても桜の花を散らすことはないでしょうか。いや、そんなことはない)」と詠み、『明日自分の命があるかなんて分からない。

いつ何が起こり、どうなるなんて分からないのだから(できる事を引き延ばしたくない)』と人の命をたとえ「気が変わらないうちに、出家の決意が消えてしまわぬうちに剃髪して下さい」と言ったと言われています。

それもこれも親鸞聖人が幼少期に両親を亡くしていたり、生まれ育った京都での世の乱れ、戦や天災、飢饉に火事、事件などを幼い頃に経験し、相次ぎ人の死を目のあたりにしていたためと考えられ、人の何倍も人の儚さや命の重さについて考え身近に感じていたからかもしれません。



「明日ありと思う心の仇桜」の類語や似たことわざ

  • 昨日の淵は今日の瀬【きのうのふちはきょうのせ】
  • 朝に紅顔ありて夕べに白骨となる【あしたにこうがんありてゆうべにははっこつとなる】
  • 昨日の花は今日の夢【きのうのはなはきょうのゆめ】

昨日の淵は今日の瀬【きのうのふちはきょうのせ】

昨日まで深い淵であった場所が、今日には引き潮になって浅瀬となってしまったということから世の中は常に変わり続けるもので昨日と同じ状況はない、いつ何があるかわからないという事のたとえになります。

朝に紅顔ありて夕べに白骨となる【あしたにこうがんありてゆうべにははっこつとなる】

朝は血色がよく元気満々だった人が、夕方には不慮の出来事で死んで骨になってしまうというたとえから、人生とは一定ではなく無常に変わり続けるもので、人の生死も全く予想も出来ないくらい先はわからないという事を表しています。

昨日の花は今日の夢【きのうのはなはきょうのゆめ】

昨日は華やかで楽しかったことも、今日には昨日のことが夢のようになっていることを言います。

そのくらい世の中というのは移り変わりが激しいという事を表しています。

「明日ありと思う心の仇桜」の使い方

明日はもちろん、全てにおいて「次」がある事を当たり前だと思っていたり、またチャンスがあると思って呑気に過ごしている人やその状況に忠告する際に使います。

また自分に対する戒めにも使われます。

日々を無駄にしたり粗末に過ごしている人に活を入れるときにも使われる言葉になります。



「明日ありと思う心の仇桜」を使った例文

  • 「すごくいい天気の日が続いているので、まだ桜は咲き続けると思うけど、明日ありと思う心の仇桜で明日は天気が崩れてしまうかもしれないから今からお花見に行きましょう」
  • 「女優は華やかで、煌びやかな職業ではあるけど、明日ありと思う心の仇桜というようにいつどうなるかわからない」
  • 「あの人はいつも高圧的で偉そうだけど、明日ありと思う心の仇桜で、実は風向きが変わってきている事に気付いていないのであんな態度が取れるのも今のうちだ」

「すごくいい天気の日が続いているので、まだ桜は咲き続けると思うけど、明日ありと思う心の仇桜で明日は天気が崩れてしまうかもしれないから今からお花見に行きましょう」

「明日ありと思う心の仇桜」を使った例文そのままになりますが、桜の花は儚くすぐに散ってしまいます。

雨に打たれてしまったらすぐに舞ってなくなってしまいます。

なので今のうちにできる事をやってしまいましょうという例えになります。

「女優は華やかで、煌びやかな職業ではあるけど、明日ありと思う心の仇桜というようにいつどうなるかわからない」

物事には安定や一定はなくずっと今のままではいられません。

現状が楽しく満たされていたとしても、一瞬で様変わりする事を例えています。

「あの人はいつも高圧的で偉そうだけど、明日ありと思う心の仇桜で、実は風向きが変わってきている事に気付いていないのであんな態度が取れるのも今のうちだ」

どれだけ威張ろうと立場や地位・名誉があろうと、人には命があるようにいつかはその状態は終わります。

人の流れは入れ替わり立ち替わりなので安定する事がない事をいう例えになります。

「明日ありと思う心の仇桜」の反対語や対照語・対義語

  • 明日は明日の風が吹く【あしたはあしたのかぜがふく】
  • 明日はまだ手つかず【あすはまだてつかず】
  • 行雲流水【こううんりゅうすい】

明日は明日の風が吹く【あしたはあしたのかぜがふく】

先のことをあれこれ考えても仕方がないという意味になります。

明日の事を心配したり想像したところで、明日にならないとどんな風が吹くかなんてわからない。

今日は今日の事しか分からないという事を表しています。

明日はまだ手つかず【あすはまだてつかず】

明日はまだ来ていない、つまり手付かずのままだという事です。

真っさらな状態で残っているのだから慌てる必要はなくゆっくり過ごせばいいという意味になります。

行雲流水【こううんりゅうすい】

空の雲や流れる水のように何に対しても執着したりこだわる事なく成り行きに任せて、自然にありのままの姿で過ごすということの例えになります。

また一定の形や、安定した状態を保つ事なく、流れに身を任せて移り変わっていくものや時間を表しています。

「明日ありと思う心の仇桜」から学びたい事

  • 考えかたをやわらかくする
  • ポジティブに考える
  • 自分を大切に扱う事

考えかたをやわらかくする

大多数の人は普段の生活の中で明日がくる事や生きている事に対し、それほど深く重く考えずに毎日を過ごしているのではないでしょうか。

もちろん1日の終わりに感謝をし、祈りを捧げたり、振り返って色々思いに耽る人もいるかとは思いますが、何かが起こった時や、感情が動いた時、ふとした瞬間などに生きていると感じたり何か思う以外は、ほとんどの人が次がある有り難さについて常には考えはしないのではないでしょうか。

それは別に悪い事ではありませんし、それが人らしいといえば人なのかもしれません。

また毎日強く思ったり口に出す事が、感謝をしているという事でもありません。

明日がくることを当たり前だと思っているというよりは、いい意味でそんな事を考えておらず、ただ一生懸命毎日を送り、次の日を迎えているのだと思います。

だからこそ疲れると明日に物事を延ばしたり、ちょっと自分に言い訳をして楽をして気を抜くのではないでしょうか。

つまり大切な事は常に思い詰める事でも引き延ばして楽をする事でもなく、毎日をバランスよく生きる事ではないでしょうか。

毎日、毎回、感謝をしなくても、当たり前だと思わない事で物事の捉え方は変わってきます。

感謝は当たり前だと思っているうちは生まれてこない感情なので、とにかく小さな事でも当たり前ではない事なんだと考えるクセをつける事で自分に対する扱い方も変わってくるはずです。

例えば何かをしようと決めたけどやっぱり明日にしようと引き延ばした際に「今日から始められるチャンスを人生の中で一つ見送った。

今日から始めていたら明日から始めるより結果が違ったかもしれない」
と考えるようにすれば、チャンスを大切にもできますし、面倒臭いという気持ちも軽くなるのではないでしょうか。

絶対に今日の事は今日中にと決めつけるよりも、今日からと決めたからには、きっとチャンスが巡ってきたからだといったように考え方をシフトチェンジする事が大切ではないでしょうか。

ポジティブに考える

「明日ありと思う心の仇桜」は物事とは、移り変わるもので一定には留まらない、だからこそ一瞬一時を大切にしなければいけないという意味ですが、ポジティブに考えると移り変わるからこそ今起きている事や繋がっている人、出会いや経験が光るのだと考える事もできます。

いつまでも同じ状態を続ける事が不可能でも、その瞬間を楽しむ事はできます。

楽しむ工夫をすれば可能性はどんどん広がりますし限界はありません。

またその楽しみの一つに「約束」があります。

約束とは未来に対して行うものです。

どうなっているかわからない不確かな未来にする確かな契約です。

約束の大小やその約束の時までの時間の長さは関係なく、約束ができるという事は未来があり、繋がりがあり、存在しているという事が前提になります。

そして何より考え方や過ごし方次第でその約束の日を更に意味のあるものにする事ができます。

一瞬足りとも同じ瞬間がない事を「一寸先は闇」と捉えながら「明日ありと思う心の仇桜」と考えるか、「一寸先は光」と思いながら「明日ありと思う心の仇桜」と考えるかで時間の使い方への姿勢が変わるのではないでしょうか。

自分を大切に扱う事

人は気持ちに余裕がなくなってしまうと目の前の事でいっぱいになり、視野が狭くなってしまいます。

そうなると今がある事が奇跡の連続であったり、当たり前ではないなんて事を考える余裕も余地もなくなってしまうものです。

つまり余裕があるからこそ、物事が移り変わるを認識する事が出来ますし"同じ明日"がくると思えるのです。

何も見えなくなって絶望しかないのであれば、物事の変化などに興味などなく、変わったところで良くも悪くも感情の振り幅は狭いといえるでしょう。

人や世の中の流れに対し、諸行無常だと感じられるのは冷静に物事を捉えているからともいえるので、時間や物事に追われている時ほど一瞬でもいいので自分を丁寧に扱うようにする努力は必要ではないでしょうか。

icon まとめ

常に明日がないと思いながら過ごす必要はありませんし、緊迫した状態をずっと保つ必要もありません。

そんな事をしては疲れてしまいますし、余裕を持つ事も大切だからです。

大切な事は何事に対しても『当たり前』だと思わない事であり、毎日丁寧に精一杯生きる事ではないでしょうか。