「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」とは?意味や元ネタなど解釈
アニメファンなら「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」というセリフを覚えている人も少なくないでしょう。
何処となく格調高い言葉だけに、どんな内容なのかを知りたくなってきます。
目次
- 「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」とは?意味
- 「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」の元ネタや概要
- 「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」新約聖書での元ネタ
- 「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」のネタとしての使い方・使うときの注意点
「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」とは?意味
「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」とは「神に祈り求めなさい、そうすることで、神はあなたに正しい信仰に導いてくださる」という意味があるセリフです。
「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」の元ネタや概要
「ねだるな、勝ち取れさすれば与えられん」というセリフだけを聞くと、とても素晴らしく崇高な雰囲気がするのですが、この元ネタは、アニメの「交響詩篇エウレカセブン」の中のセリフとなっています。
意味は「自分が欲するものは、ねだるのではなくて、自分自身の努力や力で勝ち取るものだ」という内容となっています。
「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」新約聖書での元ネタ
しかし、「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」の元ネタはエウレカセブンではなく、「新約聖書マタイによる福音書」7章7節に記されている文がオリジナルとされています。
「求めよ、さらば与えられん、探せよ、さらば見つからん、叩けよ、さらば開かれん」このような文で、「神に祈り求めなさい、そうすれば神は正しい信仰を与えてくださるだろう」という意味が込められています。
「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」のネタとしての使い方・使うときの注意点
「ねだるな勝ち取れさすれば与えられん」を使う場合は、「与えられるのを待つのではなく、自分から求めて動くことが大事だ」ということを相手に教える時に使うことがいいでしょう。
しかし、クリスチャンの人は、とても大事にしている言葉かもしれませんので、むやみやたらと引用することは止めておいた方がいいかもしれません。
アニメをきっかけした言葉でも、その元をたどれば、より崇高な意味のある言葉であることが、結構ありそうです。