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「リーでした」とは?意味や元ネタなど解釈

「リーでした」は、ある有名人が感謝の表現で使った言葉で、そこからお笑い芸人のネタとなったり、一般にも広まりました。

リーでした

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「リーでした」とは?意味や元ネタなど解釈>


目次

  • 「リーでした」とは?
  • 「リーでした」の元ネタや概要
  • 「二谷友里恵」とは?


「リーでした」とは?

「リーでした」は、今ではお笑い芸人のバナナマンの日村勇紀氏の持ちネタとして有名です。

後述する元ネタがありますが、こちらで知った人の方が多いでしょう。

意味というものを説明するのも難しいですが、元ネタでは、奥さんに感謝して(その感謝の相手として)使っています。

「リー」というのがその奥さんの愛称なので、使う際にはこの部分を該当する人の愛称に置き換えるといいでしょう。

また、感謝を意味して使うだけでなく、元ネタの使い方から「〜だったのは、○○でした」といった色々な形に応用されています。



「リーでした」の元ネタや概要

「リーでした」は、元は歌手の郷ひろみ氏が、1987年に女優の二谷友里恵氏との結婚の報告をした際に、その二谷に対する感謝に使った言葉です。

その報告に、「これまでに自分のことを一番支えてくれたのは 親父でもなく、お袋でもなく、リーでした」といった一節がありました。

二谷友里恵氏の「ゆりえ」という名前から、二人の間では彼女を愛称の「リー」と呼んでいたことからです。

一見、感動的なフレーズに聞こえますが、二人はその後離婚してしまいました。

それからバナナマンの日村勇紀氏がネタとしてこの言葉を使うようになりましたが、これに関して、当の郷ひろみ氏は全く怒っている様子もなく、逆に「リー」という発音がオリジナルの自分とは違うなどと一緒になってふざけているくらいです。

その為、本人公認のネタだと認識されています。

「二谷友里恵」とは?

二谷友里恵氏は元女優で、ドラマの「家族ゲームII」での長渕剛氏との競演で知名度が上がり、その後にNHKの連続テレビ小説にも出演するなど広く活躍しましたが、郷ひろみ氏との結婚に伴い、女優業を引退しました。

同氏との離婚後には家庭教師のトライ創業者の平田修と再婚し、現在ではその平田氏が会長に退き、トライグループの社長職に就いています。

この会社は、アルプスの少女とコラボレーションしたテレビCMでも有名です。



icon まとめ

「リーでした」は、そのまま使うのは難しい言葉なので、先に挙げた「〜だったのは、○○でした」のような形で(定型のギャグとして)用いるのがいいでしょう。

日村氏のネタの真似で使う場合には、もちろんそのままで構いません。