「至極真っ当」の意味とは?ビジネスでの用法、類語、使い方や例文を紹介!
これらは「至極真っ当なことなんだ」と上司に言われたら、それはたいそうなことだと思うかもしれませんが、よく考えてみると「至極真っ当」ってどんな意味?と思う事もあるかもしれません。
今回はこの「至極真っ当」の言葉の意味をよく考えて、自分でも「至極真っ当」という言葉を使えるようにしてみましょう。
目次
- 「至極真っ当」の意味とは?
- 「至極真っ当」の似た言葉や類語・言い換え
- 「至極真っ当」の使い方
- 「至極真っ当」を使った例文
- 「至極真っ当」を分解して解釈
- 「至極真っ当」の対義語
「至極真っ当」の意味とは?
「至極真っ当」という言葉は、正解であること、正しい事、まともであるという意味があります。
しかし普通の意味の正解であること、正しい事、まともであるという言葉をさらに強調しており、「至極真っ当」の前かその後に来る言葉を強く修飾しています。
それでこの言葉を相手が使っているときには、その強調している事柄に対する思い入れが強く、決して譲れないものであるという事を示しているでしょう。
また逆に私たちが「至極真っ当」という言葉を使うときには、その正しさを完ぺきに証明できる証拠がそろっており、誰から見ても文句のつけようのない正しさを証明する時に使うことになるでしょう。
- 「至極真っ当」の読み方
「至極真っ当」の読み方
「至極真っ当」は「しごくまっとう」と読みます。
この「至極真っ当」を「至極」という言葉と、「真っ当」という言葉に分けて考えてみましょう。
「至極」の「至」は「至る」とも読むこともできますが、他の漢字と組み合わせる時には、「し」と読みます。
「極」は「きょく」とも読むことが出来ますが、この場合は「ごく」と読みます。
「真っ当」の「真」は「しん」とも読むことが出来ますがこの場合は「当」という言葉と合わせることによって「ま」と読みます。
同じように「当」も「あたり」と読むこともできますが「本当」のように「とう」と読みます。
「至極真っ当」の書き方ですが中には「至極全う」と書いても良いのではないだろうかという意見もあります。
「全う」には、完全という意味があり、どちらかというと「至極真っ当」の「至極」のほうと同じ意味になっってしまい「至極真っ当」の「正しい事」という意味を引き出せなくなってしまいます。
それで現代社会においては「至極真っ当」が正しい漢字として用いられています。
「至極真っ当」の似た言葉や類語・言い換え
「至極真っ当」はちいさな「っ」が入っていますから、正確には四文字熟語とは言えません。
でも四文字熟語のようにパッと見た感じ固いイメージの単語です。
この「至極真っ当」という事がをほかの言葉ではどのように表現できるでしょうか?
- 「当り前」
- 「当然のこととして」
「当り前」
「当たり前」にも「至極真っ当」の「当」という言葉が使われています。
「当たり前」の場合には「当」の字を「とう」ではなく「あ」と読みます。
「至極真っ当」が間違いなく正しい事を指していますが、この「当たり前」にも疑問の余地のない、当然である、という意味が含まれています。
ある人が沖縄の人かどうかの話になっと時に、その姿も、使っている言葉も、食習慣も、服装も沖縄の人であることが確定しているときには、「至極真っ当」という言葉を用いることもできますが、「当たり前の話として彼は沖縄の人だ」とも用いることが出来るでしょう。
「当然のこととして」
「当然のこととして」にも「至極真っ当」の「当」という言葉が用いられています。
「至極真っ当」の類語を探す時に、「真っ当」という言葉の類語が多くなることは必然と言えるでしょう。
なぜなら「至極真っ当」の「至極」は「真っ当」という「正しい」という意味を「全く」という意味で修飾しているからです。
「当然のこととして」という言葉の意味には、「多くの人に知られていることに関して」とか「全くもって正しい事ですが」という意味があり、「至極真っ当」と非常に似た意味の持つ言葉とカウントできるでしょう。
「至極真っ当」の使い方
基本的に言って「至極真っ当」という言葉は形容動詞として用いられます。
たとえば「この製品は至極真っ当な製品です」と書いたり、「至極真っ当な事として」などとも用いることが出来ます。
至極真っ当という言葉を分の最初に持ってこようが、最後に持ってこようが意味は同じで、その分の中の物事や人を「疑いの余地なく正しい」「全くもって正解である」という意味を持たせることが出来ます。
日常生活でも「至極真っ当」という言葉を用いることが出来ますが、少し固い表現ですから、ビジネスの世界や書き言葉として用いることが多いでしょう。
「至極真っ当」を使った例文
- 「彼の意見は至極真っ当な意見だった」
- 「私は至極真っ当なビジネスをしている」
- 「彼女の先生への質問は至極真っ当なものだった」
「彼の意見は至極真っ当な意見だった」
この例文では彼の意見を「至極真っ当」という言葉で修飾しています。
ただ単に「彼の意見は正しい意見だった」と述べるよりも、彼の意見の正しさがより強調されています。
この文章だけでは読み取ることは出来ませんが、その彼の意見は正しいことが証明されており、他の人もこの意見には疑問をはさむことが出来ないほどだったと認識できるでしょう。
もしかしたら、この彼の意見に多くの人が同調したことでしょう。
「私は至極真っ当なビジネスをしている」
この言葉は第三者にそのビジネスに対して疑問を投げかけられた時に、否定するために用いた分かもしれません。
法に反していたりとか、誰かをだましてビジネスを行っているのではなく、法にのっとり、まったく正しいビジネスを行っているのだというのを強調したいときには、「正しいビジネスをしている」というよりも、この例文のように「至極真っ当なビジネスをしている」と表現したほうがベストであると言えるでしょう。
「彼女の先生への質問は至極真っ当なものだった」
もしかしたらこの文は学校で、ある生徒がした質問の事を述べているのかもしれません。
その質問を「至極真っ当な」と表現しているのはなぜでしょうか?きっと彼女の質問が、先生が見逃していた点や、先生が間違ってる点を指摘した時の質問かもしれません。
それで、「彼女の先生への質問は正しかった」と表現するだけでなく「至極真っ当」という言葉を用いて、それがまさに正しい、もっともである、素晴らしいという意味を込めています。
「至極真っ当」を分解して解釈
- 「至極」
- 「真っ当」
「至極」
「至極」にはどのような意味がるでしょうか?「至極」の「至」には「至上」などにも使われるように、非常に高いところ、到達点を意味します。
それでこの意味においては非常に高いという意味です。
「至極」の「極」には「極めて」とも読むことが出来ます。
その意味は究極的であること、この上ない事、非常にという意味があります。
それでこの「至極」という言葉だけを切り取ってみるならば、非常に、限りなく、とてもという意味があります。
「真っ当」
「真っ当」に使われている二つの漢字を考えてみましょう。
一つは「真」です。
この「真」という字は「真理」「真実」などのように、まともであること、正しいという事という意味があります。
「当」は「当を得ている」とも使うように、何かの的に当たるかのように正しい事を指します。
それでこの二つの文字を繋げてみた「真っ当」には正しい事、当然であることという意味があります。
「至極真っ当」の対義語
- 「全くの間違い」
「全くの間違い」
「至極真っ当」には「全く正しい」という意味があります。
それで、至極真っ当の対義語は「全くの間違い」と表現できるでしょう。
「至極真っ当」のような漢字を並べた、少し固い言葉にはなりませんが、意味は全くの反対です。
今回は「至極真っ当」という言葉について考えました。
一つ一つの漢字の意味をひも解いてみると、非常に分かりやすく理解することが出来て、「全く正しい事」と言い換えれることも知りました。
今回のように少し難しい言葉の場合には、その言葉の中の一つ一つの意味を考えてみるならば、辞書を引かなくても大体の意味を知ることが出来るでしょう。