「反骨心」の意味とは?類語、使い方や例文、反対語を紹介!
「反骨心」という言葉を聞いたことがない方は少ないかもしれません。
いかにもしっかりしていて、勝負が好きで、負けず嫌いというイメージが湧いてきそうな言葉ですが、本来「反骨心」という言葉にはどのような意味や使い方があるのでしょうか。
今回は正しい「反骨心」の使い方についてご紹介したいと思います。
目次
- 「反骨心」の意味とは?
- 「反骨心」の類語や言い換え
- 「反骨心」の使い方
- 「反骨心」を使った例文
- 「反骨心」を使った言葉を解釈
- 「反骨心」の反対語や対義語
「反骨心」の意味とは?
- 「反骨心」の読み方や意味
- 「反骨心」の語源や成り立ち
「反骨心」の読み方や意味
「反骨心」は【はんこつしん】と読み、
- 不正や悪、権力・時代・権威などに立ち向かうこと
- 信念や正義感を曲げずに貫くこと
などをいい、強い精神力や気力の事を意味する言葉になります。
よく自分の意見や主義主張を押し通すことや、拘りがあって融通が利かず、頑固な事だと理解されがちですが、本来はそうではなく、正確な意味としては、世の中の悪しきものに対してしっかりとした意志を持って立ち向かう事や姿の事をいいます。
「反骨心」の語源や成り立ち
「骨」という漢字には、何事にも屈しない強い気力や精神力という意味や、組織や物事などの中核・中心になるものという意味があります。
勿論人間は骨から出来ていて、骨格を形成している訳ですが、逆に言えば骨がないと軟体動物のようになりフニャフニャしてしまいます。
そういった意味でも「骨」という漢字は意味が深く、それに「反」する事が受け入れられないという意味で「反骨心」という言葉が成り立っています。
「反骨心」の類語や言い換え
- 「胆力」【たんりょく】
- 「気骨」【きこつ】
- 「気概」【きがい】
「胆力」【たんりょく】
物事をするにあたり、怖がったり後ずさりしないような精神の事をいいます。
動じず、気迫や気力が凄い事をいいます。
- 「次のミッションが正念場なので胆力を練って挑みたい」
- 「胆力のある人だから、どこに行っても精一杯やっていける」
など。
「気骨」【きこつ】
自分の信念を曲げず、どんな困難や障害にも屈しない強い意気や精神の事をいいます。
自分の信念を守る強い気性や性格をいいますが、頑固や融通が利かないというような、拘りのようなものではありません。
- 「なかなか気骨のある青年だ」
- 「最近は気骨のある人がいないので、採用が難しい」
など。
「気概」【きがい】
困難や逆境にくじけない強い意志・気性の事をいいます。
また自ら進んで困難に立ち向かっていくような強い意志の事もいいます。
- 「私は設立者として気概を引き締めで行動するよう、指導してきた」
- 「気概が必要な仕事なので、生半可ではつとまらない」
など。
「反骨心」の使い方
気持ちを奮い立たせる時や、そのような人物を見たとき、または正義感があり不正を放っておけず「悪」に対し立ち向かおうとしている相手に対し使います。
そして本来の意味ではないのですが、反逆をしようとしたり、負けず嫌いで自己顕示欲が強い人に対しても使われます。
「反骨心」を使った例文
- 「反骨心」の例文1
- 「反骨心」の例文2
- 「反骨心」の例文3
- 「反骨心」の例文4
- 「反骨心」の例文5
「反骨心」の例文1
「反骨心がある事はいい事ですが、あまりにもその部分だけが目立ってしまうと反感を買ってしまうでしょう」
「反骨心」の例文2
「あの企業は社員が全員反骨心があり活気に満ちている」
「反骨心」の例文3
「彼には反骨心があるので多少の事ではへこたれないでしょう。毎日沢山の事について考えているようですから」
「反骨心」の例文4
「彼女は幼少期に非常な貧しい思いをしました。だからその反動で非常に強い反骨心を持っています」
「反骨心」の例文5
「その状況になる度に、反骨心が湧き気持ちを奮い立たせる」
「反骨心」を使った言葉を解釈
- 「反骨心がない」
- 「反骨心が強い」
- 「反骨心を鍛える」
「反骨心がない」
「反骨心がない」とは何事にも屈しない強い気力や、勝負心、要領の良さや精神力を持っていない事を意味します。
元々の性格もあると思いますが、育った環境や受けた教育などで周囲とも自分とも争いたくないという考え方や性質の人のことをいいます。
例えば金銭的に裕福に育ってきたり、幼少期から何に対しても困った事がないと、その状態が当たり前なのでガツガツしている人をみると「大変だなぁ」と思うようになります。
自ら行動しなくてもシステム的に欲しいもの、必要なものが手に入るので、行動力もなくなります。
もちろん全ての人がそうではありませんが、何かに対する「負けたくない」という気持ちや「必ず手に入れたい」という想いの強さは「反骨心がない」人にはありません。
「反骨心が強い」
「反骨心が強い」とは先程の「反骨心がない」とは一転、行動力があり、負けず嫌いで努力家である事が多いといえるでしょう。
「反骨心」とは世の中に逆らったり、自分の意見を貫こうとする事ではありませんので、強い精神や相応の思想や信念がないとできません。
水準の高い知識や見解などをもち、きちっと他人に説明ができない事にはただのクレーマーや、"文句言い・反抗期"と捉えられ、馬鹿にされてしまうかもしれません。
「反骨心が強い」と言われるようになるには、大変な努力が必要ですし、自分を磨き実力をつけて尊敬の念を持ってもらえる程ではないと難しいかもしれません。
「反骨心を鍛える」
「反骨心を鍛える」とは強い精神力や信念、勝負心を身に付けたり、世の中に対する不正や、在り方についての考えや、人としての正義感などについてしっかりと考え英知を集めて養う事をいいます。
「反骨心が強い」ところでも述べたように、ただ世の中に不平不満を持っていたり、反抗心を抱いている事は「反骨心」ではありませんので、様々な経験や体験を積み、たくさんの人に会い、文化や価値観などに触れ自分の考え方の想像を超えるような出来事に対しても寛容になったり吸収する事が出来るようになる事が「反骨心を鍛える」という事に繋がるのではないでしょうか。
「反骨心」の反対語や対義語
- 「唯々諾々(唯唯諾諾)」【いいだくだく】
- 「付和雷同」【ふわらいどう】
- 「薄志弱行」【はくしじゃっこう】
「唯々諾々(唯唯諾諾)」【いいだくだく】
「唯々諾々」とは他人の意見や考えなどに対し、少しも逆らわずに言いなりになることや、言われた通りに口答えもせず従う事をいいます。
まず「唯」という漢字は「唯一」などのように、 《それだけ》《それのみ》という意味を持つのですが、「唯々諾々」の「唯々」の場合は、《その他には何も(異存はありません)》という解釈が適切でしょう。
また「諾」という漢字は、承諾するという意味があるので、物事を「引き受ける」という解釈になり二つの熟語が結び付いたのが「唯々諾々」になります。
- 「本当に毎回、唯々諾々になるのには勘弁して欲しい。あれ程陰ではいいたい放題のくせに」
「付和雷同」【ふわらいどう】
「付和雷同」とは自分のしっかりとした考え方や意思がなく、すぐに他人の意見に同調したり賛同する事を言います。
「付和」とは他人に同調するという意味で、「雷同」が雷が鳴るとその音に反応するように、他人に賛同するという意味をもっています。
非常に有名な四字熟語なのでご存知の方も多いのではないでしょうか。
- 「すぐに上層部に媚を売り、付和雷同するような上司を、どうやって信頼する事ができるでしょうか」
など。
「薄志弱行」【はくしじゃっこう】
「薄志弱行」とは、意志や実行力が弱く、決断力に欠けることをいいます。
「薄志」は意志や志が薄弱という意味で、「弱行」は決断力や実行力に欠け、パワーが弱く乏しいことをいいます。
何かを成し遂げたり、実行に移す力が弱い事をいうため、「反骨心」とは反対の意味に近いでしょう。
- 「こんな薄志弱行では、いつまで経っても状況は変わらず悪化していくばかりだ」
など。
「反骨心」には、どうしても現状に逆らったり、反抗的な物を言ったりと反逆者的なイメージを持ちがちですが、本来の意味はそうではない事がお分かりいただけたと思います。
何かを動かしたり変えていくには、それ相当の覚悟や決意が必要になります。
口だけでは誰も賛同してくれませんし、むしろ反逆に遭ったり孤立してしまうでしょう。
せっかくある「反骨心」を上手に使う為には中身が伴って事なので、言葉としてもしっかり理解して使いたいものです。