「待てば海路の日和あり」の意味とは?ことわざや類語、反対語や使い方、例文を紹介!
「待てば海路の日和よりあり」は、なかなか聞き慣れない人も多いのではないでしょうか。
なんだか長くて使うのが難しそうな気がします。
詳しくみていきましょう。
目次
- 「待てば海路の日和あり」の意味とは?
- 「待てば海路の日和あり」の類語や似た意味のことわざ
- 「待てば海路の日和あり」の使い方や例文
- 「待てば海路の日和あり」の対義語や対することわざ
- 「待てば海路の日和あり」の具体例
「待てば海路の日和あり」の意味とは?
意味は「ずっと待ち続ければ、いつかチャンスが巡ってくるよ」という意味です。
「今は人生がうまくいっていなくても、辛抱強く待つことで、自ずと道が開けてチャンスを掴むことができるよ」という、なんとも頼もしい教えを含む言葉となっています。
なかなか良い人生を送れていない人にとって、強く励みなる言葉です。
さて、このことわざに「海路」(かいろ)という言葉が出てきますが、一体、どのような様子を表しているのでしょう。
「海路」とは、船が通るための通り道のことを指しています。
そして、「日和」とはお天気のことです。
「海路の日和」で「海を船で渡るのに絶好のお天気」という意味になります。
船が海路を通るとき、お天気が悪いと、当然、波も荒れます。
嵐の日の海などは、想像するだけで最悪な状態になることが予想されるでしょう。
しかし、お天気が良ければ、海路を問題なく船で渡ることができます。
このことわざを直訳すると、「今は海が荒れて最悪な状態かもしれないけど、必ずお天気に恵まれて海路を問題なく渡れる日がくるよ」という意味になります。
- 「待てば海路の日和あり」の読み方
「待てば海路の日和あり」の読み方
漢字がたくさん出てきて、読むのが難しい感じのことわざです。
このことわざの読み方は、「まてばかいろのひよりあり」となります。
区切って読むとしたら「待てば、海路のひよりあり」となるでしょう。
「待てば海路の日和あり」の類語や似た意味のことわざ
「待てば海路の日和あり」の類語や似た意味のことわざを見てみましょう。
- 「果報は寝て待て」【かほうはねてまて】
- 「残り物には福がある」【のこりものにはふくがある】
- 「忍辱負重」【にんじょくふじゅう】
- 「隠忍自重」【いんにんじちょう】
「果報は寝て待て」【かほうはねてまて】
このことわざの意味は「人の運は自分の力ではどうにもならないもの。
だから、焦らずにじっくりと、良い運が巡ってくるのを待つ方がよい」という意味になります。
確かに人の人生は常に自分の思う通りにはいかないものです。
どんなに努力してもその力を発揮する場に出会えない人もいれば、努力しなくても思う存分、自分の力を発揮できる力と場所に恵まれている人もいます。
しかし、どのような人にも悪い運も良い運も必ず巡ってくるものです。
良い運をうまく生かすためにも、チャンスのない今は静かにそのときを待って余力をためておいた方がよいのかもしれません。
このことわざに出てくる「果報」とは仏教用語になります。
仏教では輪廻転生といって人は何度も生まれ変わることができるという考えを持っています。
そして、その考えにおいては、現世で受ける報いは、前世の行いによるものだと考えられています。
それゆえ「果報」とは、前世で良いことをしたものは運に恵まれて幸せになることを表しています。
「寝て待て」とは「努力しなくてもよい。何もせずにいておけ。」という意味ではありません。
「努力はしても焦るな、じっくりと待て。」という意味になります。
「残り物には福がある」【のこりものにはふくがある】
このことわざの意味は「人が取り残したものの中には、思いがけない良いものがあるものだよ。」
という意味になります。
このことわざで誤解されやすいことは、実際に「残っているものの方が良いものにあたる確率が上がる」という意味に捉えられてしまうことです。
確かに、「残り物には良いものがある」という意味のことわざですが、本当にこのことわざが伝えたいことはこのようなことではありません。
このことわざの本来の意味は、「控えめに生きている人の方が幸福をつかみやすいものだよ。」という意味になります。
人を押しのけて恨みを買いやすい人、自分さえ良ければいいという自分勝手な人は、結局は不幸になるということです。
何事もつつましく行動することで、自ずと幸せが舞い込んでくるという意味のことわざになります。
「忍辱負重」【にんじょくふじゅう】
「辱めを受けても耐え、重い責任を負いながらも最後までやり通すこと」を表しています。
「辱め」(はずかしめ)とは、憎まれ口や悪口を叩かれることを指しています。
いわゆる、いじめです。
そしてこのことわざにある「忍辱」とは「屈辱を我慢すること」であり、「負重」とは「重い責任を背負うこと」を意味しています。
「いじめを受けてもくじけずに、最後まで自分の責任を全うしなさい。」という教えが込められています。
最後まで自分の責任を全うした先には、きっと自分が納得できる人生が待っているはずです。
人生でうまくいかないことがあっても、この言葉を胸に頑張って生きていきたいものです。
「隠忍自重」【いんにんじちょう】
「怒りや苦しみをこらえて、軽々しい行いをしないこと」を表すことわざです。
何事もうまくいっていないと、途中で嫌になって放棄してしまいたくなることがあります。
ですが、そこで立ち止まっては、これまでやってきた努力が全て水の泡です。
せっかく積み上げてきたものが、たった一度の軽はずみな行動でダメになることも考えられます。
この言葉は「どんなに今が辛くても、じっと耐えなさい。」
という戒めの言葉となります。
「待てば海路の日和あり」のことわざと比べ、 「隠忍自重」には「耐えればきっと良いことがあるよ」という意味まで含んでいません。
それゆえに辛いことを耐えるだけなのと誤解を受けてしまいそうですが、この言葉の裏には「耐えればきっと良いことがある」という意味まで含んでいると思われます。
「待てば海路の日和あり」の使い方や例文
「待てば海路の日和あり」の使い方や例文について見ていきましょう。
- 「待てば海路の日和あり」の使い方
- 「待てば海路の日和あり」を使った例文
「待てば海路の日和あり」の使い方
「待てば海路の日和あり」はどのようなときに使うことわざなのでしょう。
いくつか挙げてみます。
- 頑張っているのに行動が裏目に出てしまう
- チャンスが巡ってこない
- トラブル続き
このような感じの状況でしょうか。
自分にとってうまくいかない人生だと感じたら、まさに「待てば海路の日和あり」の言葉が似合う状況でしょう。
軌道にのっていない人生を歩んでいる人にこそ、聞いてほしいことわざです。
そのため、このことわざを使うときは、人生がうまくいっていない人に励ましの言葉として向けられる言葉だと言えます。
相手にエールを送るときに使いましょう。
「待てば海路の日和あり」を使った例文
例文をいくつか挙げてみます。
「またコンテストに落ちたのか。でもいつかチャンスは巡ってくるよ。待てば海路の日和ありというし、頑張れよ。」
コンテストに落ち続け、落ち込んでいる人に向けた応援メッセージです。
今はコンテストに落ちているけど、いつかあなたの魅力に気付き、あなたを欲する人が出てくるよというエールを送る言葉です。
「どうしてこんなに美味しいのに売れないんだろう。でも待てば海路の日和あり。味をしってもらえば、きっとお客さんも分かってくれるはず。」
美味しいのに、なぜか売れない商品。
ですが、客に味を知ってもらって時間をかければ、きっとこの商品が日の目を見ることがあるよという励ましの言葉です。
「待てば海路の日和あり。私は絶対に負けない!」
自分に対する戒めの言葉として用いています。
逆境にくじけてはいけないと自分を励ます言葉として使われています。
「待てば海路の日和あり」の対義語や対することわざ
「待てば海路の日和あり」の対義語や対することわざについて見ていきましょう。
- 「先すれば人を制す」【さきんずればひとをせいす】
- 「鉄は熱いうちに打て」【てつはあついうちにうて】
「先すれば人を制す」【さきんずればひとをせいす】
「何事も人よりも先にしておくと、良いものが得られる」という意味になります。
良いものを取るためには、人を押しのけてまでも自分が先にいくべきだということを表しています。
「待てば海路の日和あり」に比べると、その意味が正反対であることは一目瞭然。
早いことこそが重要だと説くこのことわざは、聞くと思わず焦ってしまいそうです。
このことわざは人よりも有利な立場に立つための処世術のような教えを持っています。
人よりも遅れをとると、その分、損をするという意味があり、後手に回っては勝ち目がないことを表現しています。
「鉄は熱いうちに打て」【てつはあついうちにうて】
このことわざは、「鉄は熱いうちに打つことで自由に形を変えることができる」という状況を表しています。
そして、このことわざが意味することは、「人間も若くて、何にも染まっていないうちに心身を鍛えることが大切である」という意味になります。
そして、この意味が転用されて、「何事も早めに動いた方がよい」という意味で使われることもあります。
例えば、「鉄は熱いうちに打てというし、あの人の気持ちが変わらないうちに契約しておきましょう。」などです。
あの人の気が変わらないうちに、気が向いているうちにさっさと契約しておこうという意味になります。
「待てば海路の日和あり」の具体例
「待てば海路の日和あり」の具体例を挙げてみます。
子供の頃から、ずっとテニスが大好きでプロのテニスプレイヤーに憧れていたA君。
念願のプロに転身することができて、初めての試合に臨みます。
ですが、極度の緊張のせいで自分の思い通りのプレイをすることができません。
結局、相手に自分のペースを乱されたまま、試合に負けてしまいます。
落ち込むA君。
コーチは落ち込んだA君を見て、励ましの言葉を送ります。
「待てば海路の日和あり。誰でも良好なときもあれば不調なときもある。今は不調でも、自分の力を思う存分発揮できるときはあるのだから、焦らずにプレイに励みなさい。」とコーチが声をかけるといったところでしょうか。
なかなか耳にすることない言葉ですが、知ってみると、とても良い言葉であることが分かります。
人生は良好なときばかりではありません。
このことわざの教えを胸に、しっかりと自分の人生を真面目に生きていきたいものです。