「触らぬ神に祟りなし」の意味・類語【使い方や例文】
最近の言葉には、色々な種類のものがあり、インターネットでネットスラングなどの単語が行き交っていますが、日本語の種類を見てみると、実に様々な種類が溢れかえっています。
特に昔の言われから伝わってきたことわざは、とても趣深いものもあれば、深い意味を持つことわざもたくさんあることもあります。
これらのことわざを上手に使うことで、普通の詞では言いにくい表現も遠回しに相手に使えることもできます。
そのようなことわざの中に「触らぬ神に祟りなし」というものがあります。
おそらく家庭の中でも、学校やオフィスでも、このような場面に出くわしてしまうことも時々有るのではないかと思います。
目次
- 「触らぬ神に祟りなし」の意味とは?
- 「触らぬ神に祟りなし」の類語
- 「触らぬ神に祟りなし」の言葉の使い方
- 「触らぬ神に祟りなし」を使った例文
- 「触らぬ神に祟りなし」の英語
- 「触らぬ神に祟りなし」の対義語
- 「触らぬ神に祟りなし」の語源や由来
- 「触らぬ神に祟りなし」は座右の銘に使える?既婚者の場合はNG?
「触らぬ神に祟りなし」の意味とは?
「触らぬ神に祟りなし」ということわざは、「その物事にかかわりさえ持たなければ、災いを招くことはない」あるいは「面倒なことに余計な手出しをしてはいけない」という意味があります。
- 「触らぬ神に祟りなし」の読み方
「触らぬ神に祟りなし」の読み方
「触らぬ神に祟りなし」は、「さわらぬかみにたたりなし」という読み方になります。
「触らぬ神に祟りなし」の類語
「触らぬ神に祟りなし」を簡単に言うと、「余計なことはするな」
ということになりますが、意味が似ていることわざがいくつかありますので、ここで類義語を見ていくことにします。
- 「当たらぬ蜂には刺されぬ」
- 「近づく神に罰当たる」
「当たらぬ蜂には刺されぬ」
このことわざの意味は、素直に解釈すると「あえて蜂の巣を突いたりしなければ蜂に刺されることはない」という意味になりますが、ここから意味が転じて「自分から進んで危険なことや災いに近づいたりしなければ、困ったことにはならない」という意味になります。
まさに「触らぬ神に祟りなし」の同じ意味ですね。
「近づく神に罰当たる」
「近づく神に罰当たる」も「触らぬ神に祟りなし」の類義語として挙げられます。
「余計なことに関わると、あらぬ災いに合う」という意味があります。
「関係ないなら、余計な口出しや手出しは無用だ」ということです。
「触らぬ神に祟りなし」の言葉の使い方
「触らぬ神に祟りなし」がどのような場面で使われそうなのか考えてみると、ちょっとし親切心や好奇心から物事に関わってしまったことで、面倒なことに巻き込まれてしまう経験が誰でもあるかと思います。
「触らぬ神に祟りなし」とは、このような時に使われるので、無用なトラブルに巻き込まれないためには、中途半端に物事に関わることを避けることが、懸命なことです。
人によっては、おせっかい焼きなために、余計にややこしいことになることもあるので、注意が必要です。
「触らぬ神に祟りなし」を使った例文
では、「触らぬ神に祟りなし」がどんな場面で使われるのか、具体的なシーンを例文形式で見ることにします。
- 「触らぬ神に祟りなし」の例文1
- 「触らぬ神に祟りなし」の例文2
- 「触らぬ神に祟りなし」の例文3
「触らぬ神に祟りなし」の例文1
「今日はサッカーで応援チームが負けたから、お父さん、すごく機嫌が悪いぞ」
「嘘、マジ? 宿題で分からない所を教えてもらおうと思ったけど、触らぬ神に祟りなしだから、止めとく」
子供の頃に、このようなことで、お父さんに質問してみたら、いきなり怒鳴られたということがなかったでしょうか?
こちらは普通に聞いただけなのに、「なんで怒られなきゃいけないの?」と子供心におもったのではないでしょうか?
「触らぬ神に祟りなし」の例文2
「同僚の女の子が、最近、彼氏と別れたみたいでとても荒れているらしいの。触らぬ神に祟りなしということで、来週な合コンは一旦、見送りにしましょう」
別れたばかりの子を気遣ってお流れとなった合コンでした。
でも、彼がいたのなら、合コンに誘うのも変な話ですが、イライラしている彼女を誘うと、余計に場がシラケるか荒れるか、どちらかしかなさそうですね。
「触らぬ神に祟りなし」の例文3
「近ごろの若い人は、厄年を信じていない人も多いのですが、余計な不安に煽りたてることもないので、触らぬ神に祟りなしだね」
厄年に当たる人は、必ずお払いをしたものですが、ここでも「触らぬ神に祟りなし」が使えるのです。
「触らぬ神に祟りなし」の英語
「触らぬ神に祟りなし」を英語で表現すると“Let sleeping dogs lie.”=「寝ている犬は寝かせておけ」という例文があります。
「寝ている犬を起こすな」と言った方が、「触らぬ神に祟りなし」に近い意味を持っていることが理解しやすいかもしれません。
「触らぬ神に祟りなし」の対義語
「触らぬ神に祟りなし」の対義語としては、「寝た子を起こす」ということわざがあります。
「寝た子を起こす」とは、「寝ている子供を起こしてむずからせるように、一応静かにおさまっている物事をことさら騒ぎたてて、またもつれさせる」という意味があります。
「触らぬ神に祟りなし」の語源や由来
「触らぬ神に祟りなし」の語源を探っていくと、「尾張いろはかるた」が由来となっている説に当たります。
幼い頃に親しんだ「かるた」には、尾張の他にも、関東の「江戸かるた」や関西の「上方かるた」などがあるのですが、地方によって少しずつ読み札が異なっています。
例えは、「猫に小判」、「仏の顔も三度まて」は上方かるたの札で、尾張かるたでは「果報は寝て待て」、「桃栗三年柿八年」などが有名ですが、尾張かるたの中では、特に「触らぬ神に祟りなし」の知名度が高いのです。
次に由来を見ていくと、「触らぬ神に祟りなし」の神は、「天地を支配するもの」を意味する神とは異なり、日本は古くから、強い不満をも持ったままあの世行ってしまった人達の霊が、「祟り神」として現世で災いをもたらすと信じられていました。
怒りを鎮めるために、「神」として祀る「御霊信仰」や「怨霊信仰」となっていったのです。
「疱瘡神(ほうそうがみ)」と呼ばれる神もその1つで、当時では救うことができなかった天然痘を静めるために祀られた疫病神です。
祟り神は信仰のあり方で、加護もある反面、祀り方や祈り方を間違えてしまうと災厄が降りかかることで、昔から恐れられていたわけです。
東京大手町に奉られている平将門は、まさにこれに当てはまります。
「触らぬ神に祟りなし」は座右の銘に使える?既婚者の場合はNG?
「触らぬ神に祟りなし」は、「下手に色々な物事に首を突っ込むとあらぬトラブルに巻き込まれてしまう」という解釈ができます。
したがって、長い人生の中でこのことを教訓とすることは、ある意味大切なことですが、座右の銘として掲げることは、いかがなものかと思うこともあります。
というのも、ここで言う「神」とは、「祟り神」です。
それを崇めることはあまりおすすめ出来るものではありません。
それならば、身近な神様を崇める方が無難ということにならないでしょうか?
特に既婚者の人なら、これから前向きな気持ちで生きていく必要があります。
結婚してお子さんを授かることもあるでしょう。
お宮参りや七五三で神社をお参り擦ることもあるはずです。
しかし、座右の銘では、違う意味の「神」を崇めているのですから、その「神」がどのように見ているかを考えると、恐ろしくなります。
できることなら、他の言葉を座右の銘とすべきでしょう。
「触らぬ神に祟りなし」ということわざは、私達の生活のあり方をじっくりと考え直す機会を作ってくれているような感じがします。
仕事をしていても、プライベートな生活の中でも、困っている人に手を差しのべたり、声をかけるような「愛の手」は必要かもしれません。
しかし、特別に困っているわけでもないのに、下手な手を出したために大騒ぎになることもあるので、自分の行動にも熟慮するようになってくるはずです。