「諌める」の意味とは?目上の人に使う?主君を諌める?使い方を紹介!
日本語はとかく「関係性」を重視する言語であるためか、相手や自分の立場によって、同じ意味合いを持つ言葉を
それぞれ使い分けることが多々あります。
今回は「諌める」という言葉を話題として取り上げたいと思いますが、皆さんはこの言葉をどのように使っていますか?
もしかしたら、使うべき相手を間違えて認識しているかもしれません。
どのような相手・場面に対して用いるべき言葉なのか、どういった使い方が正しいのか、解説させて頂きたいと思います。
目次
- 「諌める」の意味とは?
- 「諌める」の類語や言い換え
- 「諌める」の使い方
- 「諌める」を使った例文
- 「諌める」を使った言葉を解釈
- 「諌める」の反対語や似た対義語
「諌める」の意味とは?
「諌める」という言葉は、相手の不正や欠点などを指摘して、間違いを改めるように忠告する、という意味を持ちます。
ただし、誰に対してでも使ってよいという言葉ではなく、この言葉が用いられるのはあくまで「目上の相手」に対してのみです。
そもそも「諌」という漢字が持つ意味が、「臣下から君王、子から親などへの忠告の言葉」であり、立場としても、下の立場に居る者から目上の相手に対して用いるのが、使い方としては正しい、ということになります。
また、状況においても、不正や過ちなどを指摘して、目上の人物に対して「改めて欲しい」と忠告するというのが、本来の使い方として正しい形になります。
また、古典の文章の中で、「禁める」「禁むる」と記述され、禁止する、制止するといった意味として使われることもありますが、現代では一般的な用法ではないでしょう。
- 「諌める」の読み方
「諌める」の読み方
「いさめる」と読みます。
この記事では「諌める」という漢字表記を用いていますが、元々は「諫める」という旧字体で記述されていました。
「諌」という字は、「諫」の俗字となっています。
また先の項目でも記述しましたが、古典的な用法として、「禁める」と記述されるケースもありますが、現代ではあまり用いられることはありません。
「諌める」の類語や言い換え
- 「諭す」【さとす】
- 「窘める」【たしなめる】
「諭す」【さとす】
この言葉も過ちを正すように忠告をするという意味合いですが、立場や言い方が、「諌める」とは随分異なります。
「諭す」が用いられるのは、「目下の相手」に対してです。
それも、物事の道理、なぜそれをやってはいけないか、あるいはそれをやらなくてはならないかということを、相手がきちんと理解し納得できるように教え導くという、「話して聞かせる」意味合いが強く押し出されています。
ですので、目上の相手に対して「諭す」という言葉を使うのは、その相手に対して失礼な言葉の使い方になりますので、間違いのないよう注意してください。
「窘める」【たしなめる】
「たしなめる」と読みます。
こちらは、より軽い意味合いとして、限定的な場面に使われる言葉です。
良くない点について注意する、という意味は「諌める」と似ていますが、「非礼や無作法に対して軽く叱る」というのが本来の意味です。
「叱る」という言葉も本来、目上の者が目下の者に行うことですから、「窘める」も同じように、目下の相手に注意することを指します。
「諌める」という言葉、は自分の進退をかけて、目上の人に忠告をするという、非常に重い意味合いとして使われますが、それと比べれば、状況は深刻ではない、とも捉えられます。
部下が取引先の相手に失礼な態度を取った時や、自分の子供がお世話になっている方の前で騒いでいる時、「それは駄目だよ」と注意するのが「窘める」という言葉を使うべき状況です。
「諌める」の使い方
「諌める」という言葉の基本的な意味は、前述したとおり、相手の不正や欠点などを指摘して、改めるように忠告する、そのような意味になっています。
使うべき相手は、あくまでも「目上の立場の相手」に対してのみで、友人や同僚、部下や後輩に使うのは誤りと言えます。
目上の相手が明らかに間違っていることをしていたり、不正に携わっているような場合において、それを「正して欲しい」と忠告する際にこの言葉が用いられます。
また、現在ではその意味は大幅に薄れてしまったものの、「自分の進退をかけてでも、相手に間違いを正して欲しい」という、強い覚悟を持って忠告をするのが「諌める」の本意であると言えます。
「諌める」を使った例文
- ビジネスにおいて「社長の無謀な投資を諌める」
- 家族間において「父の暴言を諌める」
ビジネスにおいて「社長の無謀な投資を諌める」
現代において、立場が特にはっきりしているのは、企業などのようなビジネスシーンでしょう。
自分よりも上の立場にある人物が誤った判断や行動をする時、覚悟をもって、「それは違うと思います」と、自分の利益ではなく相手と会社のためを思って明言できる人物は、「空気を読む」ことが正しいとされる昨今の風潮において、特に重要になってくるのではないでしょうか。
ただ長いものに巻かれる、流されるのではなく、誤りを指摘し、正しい方向へと軌道修正するために働く。
難しいことですが、ビジネスマンとして必要な素養であると言えます。
家族間において「父の暴言を諌める」
家族というものも、親と子という立場が存在します。
日本では家族の立場というものが古くから重視されており、特に親は絶対の存在として扱われてきました。
しかし、その状況は少しずつ変わってきていると言えるでしょう。
親であれ子であれ、それぞれ一人の人間です。
正しい部分はもちろんありますが、失敗もすれば、悪い部分もあります。
相手の間違っている部分を、「それは良くないと思うよ」と
居丈高にではなく、思いやりをもって伝えるのは、コミュニケーションの上でも非常に重要なことでしょう。
親をぞんざいに扱え、というのではもちろんありません。
大切な家族のために、間違っていることはきちんと「諌める」。
これからの家族に必要な、ひとつの考え方ではないでしょうか。
「諌める」を使った言葉を解釈
中国に由来する「諌言」という言葉が存在します。
これは「かんげん」と読みます。
「諌める」という言葉と同じく、自分よりも立場が上の相手に対して、不正や欠点を改めて欲しいと訴える言葉という意味ですが、言葉本来の意味を考えれば、相当に重いものであると言えます。
元々、下の身分の者から目上の者に何かを訴えるという状況は、国の統治者である主君へ、家臣が意見するというのが主でした。
主君に対して意見するというのは、当時からすれば大変なことです。
事と次第によっては主君の怒りを買い、処刑される可能性もあります。
事実、「諌死」という言葉もあるほどで、これは、自らが死ぬことで目上の相手を諌めることを指し、後に転じて、死ぬ覚悟で相手を諌めるという意味にもなりました。
それでも忠義を貫き、主君のために正しい忠告をする。
「諌める」という言葉には、そんな悲壮な覚悟も込められているのです。
「諌める」の反対語や似た対義語
「諌める」の反対の意味になる言葉として、「唆す」という言葉が存在します。
これは「そそのかす」と読み、「嗾す」とも書きます。
「諌める」は相手を良い方向に導くべく忠告するという意味でしたが、こちらはその反対に、相手を悪い方向へと誘導するため、良くない行動を勧めたり、意のままに操るためにおだてるなど、堕落させるような言葉を用いることを指します。
例えば中国歴代の王朝には、必ず「奸臣」と呼ばれる者たちがいました。
権力者である王から甘い汁を吸おうと群がってきて、王のご機嫌取りをし、自分と敵対するものの悪い噂を王に告げるなどし、国政を顧みることなく、私腹を肥やすことだけを考えていました。
多くの王朝は、彼ら「奸臣」に「唆され」ることで、滅亡の道を歩みます。
そこで、国と主君のことを第一に考える忠臣たちが、自分の命を顧みず、王を「諌める」という場面も多々存在します。
文字通り、国のために死を覚悟した彼らの「諌言」を王が聞き入れたどうかが、その後の王朝の衰退を左右してきたのだということが、歴史的な事実として、今も歴史書の中で語り継がれています。
「諌める」という言葉を取り上げ、使うべき相手や状況について解説してきました。
日本語には、その言葉を使うべき相手や状況が細かく設定されているものがあり、場面や相手を間違えてしまうと、かえって失礼になる、というケースが存在します。
無数に存在する言葉を正しく使うのは非常に難しいことではありますが、ひとつひとつの言葉の本来の意味や来歴を学んでいくことは、使うべきタイミングを理解するひとつの助けになるはずです。
様々な言葉を使うとき、「この言葉はこのタイミングで使うべき言葉なのかな?」と、素朴な疑問が浮かんだら、是非その言葉の来歴を調べてみる事をおすすめします。
意外な使いどころを知るきっかけになるかもしれません。
最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。