「道理が通る」とは?意味!使い方や例文
「道理が通る」という言い回しを聞いたことがあるでしょうか。
親から叱られた時に聞いたことがある、学校で聞いたことがある、などという人もいるかもしれません。
それならば、「道理が通る」という表現にはどのような意味があるのでしょうか。
ここでは、「道理が通る」という表現について紹介します。
目次
- 「道理が通る」とは?意味
- 「道理が通る」を分解して解釈
- 「道理が通る」の表現の使い方
- 「道理が通る」の類語や言い換え
- 「道理が通る」の例文
「道理が通る」とは?意味
「道理が通る」という表現には理にかなっている、道理にかなっている、納得できる、理解ができる、などという意味があります。
例えば、人間は様々な行動をとりますが、それらには少なからず意味がありますよね。
例えば、学生時代は大学の授業にいかず、アルバイトや友達との外出に明け暮れたという人もいるのではないでしょうか。
最近では1年間休学し、世界一周旅行に出かけたり、半年アルバイトに精を出してお金を貯め、半年海外に出かける、などという学生も増えています。
例えば大学での単位を落としてしまって留年してしまえば残念ですが、自分で1年間休学し、世界を見て回りたいという意識を持って1年間留年したのであれば、道理が通っているといえます。
「道理が通る」を分解して解釈
ここでは「道理が通る」という言い回しを分解して紹介します。
- 「道理」
- 「通る」
「道理」
道理というのは物事の正しい筋道、という意味があります。
筋が通っている、世論である、などという意味もあり、道理に外れた行為、などという表現もあります。
例えば、日本は自然災害が多い国ですが、自然災害が起こるとあちこちで募金活動がなされますよね。
しかし、募金活動だと称して周りの人からお金を集め、そのお金を自分のものにしてしまったら、それはまさに道理に外れた行為だといえます。
「通る」
通るとは、通行する、通過する、物を貫いて反対側に至る、という意味があります。
例えば「この道を通っていけばそのお店に着きます」などといった使われ方があります。
「道理が通る」の表現の使い方
「道理が通る」という表現は人としての正しい道が通行しているかどうか、通過しているかどうか、という意味になります。
その考え方がものを貫いて反対側に行けるほど首尾一貫性があるかどうか、などという意味で使われます。
どんな屁理屈であったとしても、周りの人が理解を示せるような自由を掲げられるのであれば、それは道理が通っていると言える場合もあるのです。
その一方で、どれだけ見た目が良かったとしても自分のわがままが先行しているような考え方では道理が通っていないということになります。
「道理が通る」の類語や言い換え
ここでは類義語をいくつか紹介します。
- 「理にかなう」
- 「理屈が通る」
「理にかなう」
理にかなう、というのは理屈や道理に合っている、合理的である、という意味になります。
例えば論理的に見て無理や無駄がない、合理的であるという時などにも使われます。
道徳や倫理などの理念、考え方がしっかりしている場合もこの表現が用いられます。
「理屈が通る」
理屈が通る、というのはきちんとした筋道が通っている、と統一性がある、説得力がある、などという意味で使われます。
理屈というのはこじつけの理由などという意味もありますが、物事の筋道という意味で使われることが多いとされます。
それに対し、屁理屈というのは筋道の立たない理屈を指します。
「道理が通る」の例文
ここでは例文を紹介します。
- 「道理が通る」
「道理が通る」
「彼女の言動は無理にも見えますが、大体道理が通っています」
ビジネスにおいては、たとえ無理に見える言動であったとしても、全体的に捉えれば道理が通っている、という場合があります。
そのものだけを見るのではなく、広い目で、そして長い目で判断することが重要になります。
また、無駄がないように、合理的に行動することも大切です。
「道理が通る」という表現は日常的にも使えますし、ビジネスにおいても非常に重要です。
表現のみならず、道理が通った言動は社会人としても求められるマナーとなります。