「貧賎」とは?意味・読み方・類語・英語【使い方や例文】
「貧賎」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
貧賤と記述する場合もあります。
漢字から何となく想像できるという人もいるかもしれませんね。
これは貧しく身分が低いことを指しているのです。
多くの人の生活基準が同じである日本にとってはあまりなじみのない表現かもしれません。
ここではこの「貧賎」という表現について紹介します。
目次
- 「貧賎」の意味とは?
- 「貧賎」の読み方
- 「貧賎」の英語(解釈)
- 「貧賎の交わりは忘るべからず」の意味
- 「貧賎」の言葉の使い方
- 「貧賤」を使った例文・短文(解釈)
- 「貧賎」の類語や類義表現
- 「貧賎」の対義語
「貧賎」の意味とは?
「貧賎」とは社会的地位または質において低い、あるいは劣っている、ということを指します。
社会的な平等が重視されている日本にとってはあまり使われることがない表現ですが、例えば下賎、卑しい、卑劣、などといった言葉が類義語として挙げられます。
「貧賎」の読み方
「貧賎」は「ひんせん」と読みます。
先ほども述べましたが貧賤と記述する場合もあります。
特に複雑な読み方というわけではありませんが、めったに見る表現ではないために読み方がわからないという人もいるかもしれません。
ここで読み方をしっかり覚えておきましょう。
「貧賎」の英語(解釈)
「貧賎」という表現を英語にすると“poor”、“very poor”、“socially low status”などといった表現が挙げられます。
社会的に低い身分の持ち主であるということを、貧しいということを表す意味合いであれば問題はありません。
直訳するのではなく、文脈で意味を捉えられると良いですね。
「貧賎の交わりは忘るべからず」の意味
「貧賎」の交わりは忘るべからずという表現を聞いたことがあるで消化。
これは置かれた状況によって軽々しく人間関係を変化させてはならないという意味です。
例えば、自分にお金があるときは自分に余裕があるとき、どうしてもお金がない人を粗雑に扱ってしまうという経験を持つ人もいるのではないでしょうか。
かつて自分もお金に苦労していたとしましょう。
お金がなくて日々節約し、苦労しながら生活をしていた時、同じような苦労をしていた仲間がいるとします。
しかしその後自分が成功して自分にはお金が入るようになった、一緒に苦労していた頃の仲間にはまだお金が入らない、となった時、その仲間のことをあざ笑ってはいけません。
自分ばかりが成功してお金が入るようになり、生活に苦労をしなくなったからといっていまだに生活に苦労している人に対し、「まだ苦労しているのか」「まだ成功していないのか」などと言ってはいけないのです。
「貧賎」の交わりは忘るべからずとは、貧しい頃の仲間をないがしろにしてはいけないという意味になります。
「貧賎」の言葉の使い方
「貧賎」とは、基本的に社会的な平等が日本国憲法で認められている日本国内において使われる事は滅多にない表現だと言えるでしょう。
確かに社会的地位が低いという事はあるかもしれませんが、だからといってこの表現を使ってしまえば相手を見下しているということになります。
しかし、日本の歴史の中には「貧賎」と呼ばれた人たちが確かに存在していました。
例えば江戸時代には士農工商という身分制度が存在しており、特に武士とそれ以外の人たちの身分の差は大きかったのです。
まさしく「貧賎」と呼ばれる家庭に生まれ育った子供たちもたくさんいました。
そのため、この表現は日本史においてはよく使われる表現だと言えるでしょう。
「貧賤」を使った例文・短文(解釈)
それならば、実際に「貧賎」という言葉を使った文章にはどのようなものがあるのでしょうか。
ここでは「貧賎」という表現を使った例文をいくつか紹介します。
- 「貧賎」の例文1
- 「貧賎」の例文2
「貧賎」の例文1
「富貴にして苦あり、貧賎にして楽しみあり」
富貴にして苦あり、「貧賎」にして楽しみありという表現は「ふうきにしてくあり、ひんせんにしてたのしみあり」と読みます。
身分が高くて金持ちであったとしても、それなりに苦しみがあるものです。
反対に身分が低く、貧乏人であったとしてもそれなりに楽しみがあります。
つまり、身分やお金があるかないかということで喜びや悲しみが変わるという事はなく、ましてや人が判断できるものではない、という意味になります。
確かにお金があるからといって誰もが幸せになれるわけではありませんよね。
確かにお金がなければそれなりに苦労するかもしれませんが、お金がなければ絶対に幸せになれない、絶対に幸せを味わえない、という事はありません。
身分相応な生活に満足すること、今現在の生活に満足を覚えること、が大切です。
「貧賎」の例文2
「貧賎の知は忘るべからず糟糠の妻は堂より下さず」
「貧賎」の知は忘るべからず、糟糠の妻は堂より下さずは「ひんせんのちはわするべからず、そうこうのつまはどうよりくださず」と読みます。
これは先ほど述べた「貧賎の交わりは忘るべからず」と同じ意味であり、自分が裕福になったからといって貧しい時の友人を忘れてはいけない、という意味を持ちます。
そして苦労を共にした妻を追い出してはいけない、という意味を表しているのです。
「貧賎」の類語や類義表現
ここでは、「貧賎」という表現の類義語をいくつか紹介します。
どのような表現があるのかチェックし、日常的にも違和感のないところで使えるようになりたいですね。
- 下賎【げせん】
- 卑しい【いやしい】
下賎【げせん】
下賎は「げせん」と読みます。
と読みます。
性質が洗練されていない、社会的地位や質が低い、劣っている、生まれや身分の値が低い、という意味を指します。
日本においては生まれの身分が低いという事はまずありません。
しかし国によってはまだまだ身分制度があり、生まれながらにして身分が低いという子供はたくさんいるのです。
卑しい【いやしい】
卑しいという言葉は道徳的に非難されるべき、道徳的に堕落している、目立って下品である、などという意味があります。
それ以外にも身分や生まれが低い、高貴ではない、性質が洗練されていない、などという意味も持ち合わせています。
食べ物に対して卑しいなという表現もありますので、この表現は日常的にも使える言葉ですね。
「貧賎」の対義語
「貧賎」の対義語は富貴になり、「ふうき」と読みます。
これは裕福で身分が高いことを指しており、「貧賎」とは真逆の意味を持ち合わせているのです。
「貧賎」という言葉は単体で用いられる事はあまりなく、どちらかというとことわざや故事成語で用いられることが多いとされています。
人生に大切な教えが含まれたことわざはぜひ覚えておきたいものですね。