「厭戦気分」の意味とは?類語、使い方や例文、対義語を紹介!
難しい言葉だけれども知っておきたい、それが厭戦気分の意味です。
普段頻繁に使用しなくても、その意味や使い方を知っておくことに意味があるのです。
目次
- 「厭戦気分」の意味とは?
- 「厭戦気分」の類語や言い換え
- 「厭戦気分」の使い方
- 「厭戦気分」を使った例文と解釈
- 「厭戦」を使った言葉と解釈
- 「厭戦気分」を分解して解釈
- 「厭戦気分」の対義語
「厭戦気分」の意味とは?
厭戦気分の意味とは、戦争をしたくない、戦争はもう嫌だといった気持ちや意見のことを指します。
平和な世の中に生きていると、厭戦気分はごく当たり前の感情であるように思えますが、そんな気持ちを表に出すことが許されない時代もあったのです。
また今でも紛争地帯などでは、厭戦気分になる事を許されない人々もいることでしょう。
そもそも平和な国では、厭戦気分になる様な状況がありません。
戦争の辛さや現在巻き込まれている人々こそ、厭戦気分の意味を身を持って体感していると言えます。
- 「厭戦気分」の読み方
「厭戦気分」の読み方
厭という漢字はえんと読むので、厭戦気分はえんせんきぶんという読み方をします。
これは音読みをした場合で訓読みをするとあきる、いや、おさえるという読み方もあるのです。
熟語や慣用句として厭が用いられる場合は、訓読みのえんと読むことが一般的となっています。
「厭戦気分」の類語や言い換え
戦争を嫌う、したくないという意味がある厭戦気分を他の言葉で言い換える場合はどんな言葉があてはまるのか見ていきましょう。
パッと見た感じでは、すぐに類語が思い浮かびにくい言葉となりますが、厭戦気分の意味さえ知ってしまえば意外に多くの言い換えが思い浮かぶはずです。
- 平和主義
- 反戦感情
- antiwar
- 不戦主義
平和主義
平和主義とは、人と争うことを嫌う意見や立場のことです。
平和主義の示す平和の意味は、とても広い幅を持っています。
例えば喧嘩や暴力を好まないといった意味でも使われることがあれば、戦争や紛争を望まないといった意味でも使われるので、非常にスケールに差がある言葉だと言えるでしょう。
そのため、平和主義という言葉は、割りと頻繁に使われています。
反戦感情
反戦感情とは、戦争に反対をする感情のことです。
戦争に反対をするということは、すなわち戦争が嫌やだという気持ちがあると考えられます。
そのため反戦感情とは、厭戦気分の意味にとても近いと言えるでしょう。
こうした感情を持つ団体による反戦運動が、これまで歴史の中では世界の至るところで起こってきました。
antiwar
“antiwar”は、英語でありアンチウォーと読みます。
厭戦を英語にすると“antiwar”と表すことが出来るでしょう。
“antiwar”の“anti”とは、反対論者を意味する言葉ですが、日本ではアンチはネット用語として捉えられています。
ネット用語としては、ファンの反対の意味で使われることが多いでしょう。
“antiwar”とは戦争反対論者ということになり、その意味は厭戦気分にとても近いものがあります。
不戦主義
不戦とは戦わない事という意味で、スポーツのジャンルでは不戦勝という言葉がよく出てきます。
このように不戦主義の戦とは、スポーツなどの試合の事を指すケースもあるのです。
ですが、試合だけではなく戦争を表すケースもあり、不戦主義の場合は戦争をしない主義、戦争に反対して参加をしない主義の事だと言えます。
厭戦気分は、戦争が嫌やという気持ちのことであり、戦争に参加をしないという意味ではありません。
両者の意味は完全に一致する訳ではないものの、場合によっては厭戦気分の言い換えとして使う事も出来るでしょう。
「厭戦気分」の使い方
厭戦気分は多くの場合、実際の戦争体験者であったり、渦中にいる人々の気持ちを表す際に使われます。
例えば戦争に参加をしている兵士が、過酷で悲惨な戦いの中で戦争が嫌になってしまった時の気持ちを表す為に使ったり、戦場と化した国の国民の感情を表す際に使うものです。
「厭戦気分」を使った例文と解釈
平和な生活をしていると、戦争は自分とは全く無関係に思えるものです。
こうして平和ボケをしてしまうと、普通は厭戦気分になることもないでしょう。
すると当然、厭戦気分という言葉を使う場面も少なくなります。
そこで例文を見ながら、その解釈をみていくことにしましょう。
- 「厭戦気分」の例文1
- 「厭戦気分」の例文2
- 「厭戦気分」の例文3
「厭戦気分」の例文1
「国民は過去の大戦から未だに厭戦気分を引きずったままである」
この例文からは、過去に起こった戦争経験から戦争はもうしたくない、嫌だという戦争に対する嫌悪感を国民全体が持っていることが分かります。
この場合の厭戦気分は、戦争に対する嫌悪感を表していると言えるでしょう。
またこの例文のように厭戦気分は、一人ではなく国民といった大勢の人々、集団全体に漂う思想を表した使い方も多いものです。
「厭戦気分」の例文2
「敗戦の兆しが濃厚となり、軍の厭戦気分が高まり始めた」
こうした例文のように、厭戦気分は高まると一緒に使われるケースが少なくありません。
意味は戦争をしたくないという声や気持ちが強くなる、ということです。
厭戦気分が高まる、高まりを見せるといったように使われます。
「厭戦気分」の例文3
「厭戦気分が広がりつつあった為、他国への侵略は不発に終わった」
戦争をしたくないという感情を持っている人の数が多くなったので、他国への侵略を諦めざるを得なかったという意味の例文です。
戦争は嫌だという厭戦気分を持つ人々の数がどんどん増えていく事を、上記の例文のように厭戦気分が広まると表現します。
高まると同様に、厭戦と一緒によく使用される表現方法です。
「厭戦」を使った言葉と解釈
戦争をしたくない、戦争が嫌だという意味がある厭戦気分の他に、厭戦を用いた言葉はあるのでしょうか。
厭戦を使った他の言葉をいくつかあげていきます。
また同時に、その言葉の解釈の仕方も合わせて見ていきましょう。
- 厭戦ムード
- 厭戦思想
- 厭戦的
厭戦ムード
厭戦ムードとは、戦争がいやだという雰囲気のことを指します。
そのため、厭戦ムードは個人の感情や意見を表しているのではやなく、全体的に戦争を嫌う雰囲気が漂っているということです。
また、厭戦ムードはあくまでもムードですから、はっきりと戦争が嫌だ、したくないという声が上がっている訳ではないこともあります。
しかし、ひしひしとそうした雰囲気が、人々の間に伝わっている状態だということが分かるでしょう。
厭戦思想
厭戦思想の思想とは、自らの行動を支配する考え方やものの見方ということです。
つまり厭戦気分よりも、戦争が嫌だしたくないという考え方が、己の行動に与える影響が強いと言えます。
反戦運動などを起こす人は、こうした厭戦思想に突き動かされているケースが少なくありません。
厭戦的
厭戦的は厭戦的な感情、厭戦的な行動といったように下の語にかかっていきます。
厭戦という名詞に的とつけることで形容動詞として使用出来るのです。
厭戦的な感情ならば、戦争が嫌だという感情ということですし、厭戦的な行動とは戦争をしたくないという感情が表れた行動ということになります。
他にも色々な言葉と組み合わせて使用出来るでしょう。
「厭戦気分」を分解して解釈
厭戦気分は、厭戦という単語と気分という単語の組み合わせからなる言葉です。
ですから分解をすると、厭戦と気分の2つに分けることが出来ます。
そこでそれぞれの意味を分けて考えてみましょう。
より分かりやすく解釈することが可能となるでしょう。
- 厭戦
- 気分
厭戦
厭戦は、戦争を嫌う感情、もしくは意見のことです。
また、戦争をしたくない戦争を止めたいという気持ちや意見を表すこともあります。
どちらにしろ戦争を好まない、嫌悪しているということに違いはありません。
厭という漢字には嫌い、うんざりする、いやになるといった意味があります。
そのため厭戦とは戦が嫌い、戦にうんざりする、いやになるといった意味になるのです。
戦という言葉は、時として試合や勝負を表すこともありますが、厭戦の場合は戦争などの大きな争い事に限定されます。
気分
気分は日頃からよく使用される単語でしょう。
感情や心持ちを表す他に、その場の雰囲気を表すこともあります。
また、気分は身体の状態を表して「今日は気分がいい」等と使うケースも見られるものです。
厭戦気分として用いる場合の気分とは、感情や雰囲気という意味だと解釈することが出来ます。
「厭戦気分」の対義語
厭戦気分の対義語ということは、戦争を好んだり積極的に戦争をしかけたいという感情のことになります。
こうして考えると厭戦気分の対義語は、非常に物騒な意味を持つ言葉だと言えるでしょう。
一体どのような対義語があるのでしょうか。
- 好戦的
好戦的
好戦的はその文字通り、争いや戦いを好む性質のことを表します。
そのため戦争が嫌だ、したくないという厭戦気分とは正反対だと言えるでしょう。
ただし、好戦的の戦は戦争という意味ではありません。
個人の攻撃的な性格や性質のことを表す言葉であり、喧嘩っ早い人を指して好戦的な性格と言ったりもします。
厭戦気分という言葉は、戦争はもう嫌だという気持ちや意見のことです。
また、個人の気持ちや意見を示すよりも全体的な雰囲気や集団で生じる感情として用いられるケースの方が圧倒的に多くなっています。
戦争はもう嫌だという世論を示している言葉とも言えるでしょう。