「信じる」の意味とは?「信じる」と「信用する」の違い・読み方・対義語・類語・英語
私達が日常的に使っている言葉を改めて見つめ直すような機会はそんなに在るものではないでしょう。
普段からよく使っている言葉だからこそ、その意味や使い方を正しく理解擦ることが大切なのですが、日常的に出てくる言葉を振り替える機会を時には作ってみたいものです。
例えば、「信じる」という言葉などはごく当たり前に使う言葉なのですが、ここで1度立ち止まって調べてみると面白いことが見えてきます。
目次
- 「信じる」の意味とは?
- 「信じる」の読み方
- 「信じる」の英語(解釈)
- 「信じる」の対義語
- 「信じる」の言葉の使い方
- 「信じる」を使った言葉と意味を解釈
- 「信じる」を使った例文や短文・意味を解釈
- 「信じる」と「信用する」の違い
- 「信じる」の類語や類義表現
「信じる」の意味とは?
「信じる」とは、文法的には「信ずる」の(サ変)の上一段化とされていますが、「意味は?」と聞かれると、ふだんよく使われている言葉だけに意味を答えることに戸惑いそうです。
あえて言うなら、「相手のことや物事を心から納得して理解すること」という解釈になるでしょう。
「信じる」の読み方
「信じる」は「しんじる」という読み方になります。
「信じる」の英語(解釈)
「信じる」を英語で訳してみると、“believe”や“be convinced”、“trust”などの言葉で表現することができます。
「信じる」の対義語
「信じる」の対義語としては、「疑う」という言葉が出てきます。
「相手の言っていることや行動を怪しく感じたり、信じないこと」となりますが、人を「疑う」ことは、決していいことではないものの、時として相手を「疑う」ことも自己防衛になることもあるので、このような行動に出ることも必要な場合があります。
「信じる」の言葉の使い方
「信じる」という言葉を使う場面は、結構ありますが、人との約束や契約を取り交わすような場面が挙げられるでしょう。
「信じる」を使った言葉と意味を解釈
「信じる」が使われる身近なものとして、次のような表現があります。
- 「信じるか信じないかはあなた次第」
- 「自分を信じる」
「信じるか信じないかはあなた次第」
「信じるか信じないかはあなた次第」という表現は、あまりにも有名になりすぎた感があります。
Mr. 都市伝説と呼ばれる関暁夫氏が使う彼の定番とも言えるセリフですね。
心霊、オカルト、秘密結社、スピリチュアルなど不可思議な分野のテーマで番組の司会をしていますが、その最後に出てくる言葉が、「信じるか信じないかはあなた次第」。
でも、彼の話している内容はかなり怪しくて、「信じる」の対義語の「疑う」方が正しいような気がします。
「自分を信じる」
「自分を信じる」とは、「自分の力や能力を信じて行動しよう」と自分自身を奮い立たせる意味で使われる言葉です。
大きな試合の前や、試験直前に「自分を信じろ」と心の中で叫んで、自分に言い聞かせているのです。
「信じる」を使った例文や短文・意味を解釈
では、ここで「信じる」を使った例文を見ていくことにしましょう。
- 「信じる」の例文1
- 「信じる」の例文2
「信じる」の例文1
「あの時は冷静な判断ができず、彼の言っていることを信じるほかはなかったのです」
まるでドタバタ騒ぎの最中に、冷静な思考能力が鈍っていたので、彼の言ったことを信じるしかなかったということなのでしょうか?
おそらく彼が自分を騙したということを言っているようです。
「信じる」の例文2
「あなたは、神を信じることはできますか?」
まるで宗教勧誘で使われそうな言葉ですね。
でも、こんなふうな使われ方もあります。
「信じる者は救われる」という精神でしょうか。
「信じる」という行動は本来、人の良い面が写し出されているものだと思います。
特に神や思想を「信じる」ということは、生きる上でとても大切なことです。
このように「信じる」ことで、辛い時や悲しい時でも何とか生き抜く力が生まれてくるのです。
「信じる」と「信用する」の違い
日常的に使われることが多い「信じる」の他に「信」が付く言葉に「信用する」という言葉があります。
これらの言葉には、ニュアンスの違いがあります。
「信用」とは、過去の実績が評価されて、これから先への期待につながるというような場面で使われます。
「信用取引」などの言葉がビジネスの場面で使われますが、これもこれまでの実績が信じられることで、将来も期待されていることになります。
「信じる」は、これから将来的なことを指しての期待と解釈してもいいかもしれません。
「信じる」の類語や類義表現
「信じる」は、他次のような言葉で言い換えることができると思います。
- 「信じ切る」
- 「惟う(おもう)」
「信じ切る」
「信じ切る」という言葉も「信」という漢字が含まれているので、同じ解釈ができます。
ただ、「切る」には一方的に「押し切る」というニュアンスがあるために、「信じる」よりさらに強い意味での「信じる」という理解になっていきます。
「彼のことを信じ切っている」となると、「彼のことを疑うことは微塵もないくらいに信じている」という意味になります。
言い換えると、「盲目的に彼のことを信じている」という解釈もできますので、ちょっと危ない感じもあります。
「惟う(おもう)」
「惟う」という言葉も「信じる」に近い意味があります。
「信念または見解として覚えておく」、あるいは「伝える」という意味になります。
ただ、この言葉を使う場面はあまりないと思われるので、このような言葉が「信じる」の類義語としてもあったという程度の理解でいいでしょう。
「俺を信じろ」と友人や恋人から言われたなら、あなたは100%相手を「信じる」ことが出来るでしょうか?
人を信じるということは、大変素晴らしいことなのですが、その一方で相手のことを疑うことも必要かもしれません。
というのも、世の中はあまりに人を「信じる」ことで不幸になってしまった人がたくさんいるからです。
バカ正直に生きていくことはそれで間違いではありませんが、心ない人達から騙されること程悔しいことはありません。
そのように考えると、「信じる」だけでは世の中を渡り歩くことが難しいようにも思えるのです。
ある程度は、「したたかさ」を持って生きることも必要にではないのでしょうか?