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「察するに余りある」の意味とは?類語、使い方や例文を紹介!

日本語には、実に色々な語句がありますが、私達はどれ程の言葉を使いこなしきれているでしょうか?

普段の生活の中だげでも色々な言葉が飛び交いますが、仕事をしている時のコミュニケーションでも、専門的な用語を含めてさらに多くの言葉を使うことになります。

その中で、「察するに余りある」という表現を使った言葉をあるでしょうか?

普段の生活の中ではあまり使われることがないのですが、意識していると、時々耳にすることがある言葉かもしれません。

察するに余りある

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「察するに余りある」の意味とは?類語、使い方や例文を紹介!>


目次

  • 「察するに余りある」の意味とは?
  • 「察するに余りある」の類語や言い換え
  • 「察するに余りある」の使い方
  • 「察するに余りある」を使った例文と解釈
  • 「察するに余りある」の語源
  • 「察するに余りある」の英語
  • 「察するに余りある」の対義語
  • 「察するに余りある」の敬語での使い方


「察するに余りある」の意味とは?

「察するに余りある」の意味とは?

「察するに余りある」という言葉の意味を調べてみると、まず「察する」の意味を知ることがいいでしょう。

この言葉の意味は、「表には出ない気持ちや物事に気付くこと」あるいは「その場の雰囲気や相手の表情からその心境を推測すること」となります。

「気まずい雰囲気を察して、話題を変えた」

「彼女の気持ちを察してあげて、彼は、ゆっくりと会話ができるカフェに連れていった」

のような使い方をしますが、言わば「空気を読む」ということになります。

次の「余りある」は、「どれだけやってもやり尽くせない」という意味を持っています。

このような意味から、「察するに余りある」は、「相手の気持ちや状態が読み取れなかったり、想像を超えてしまっている」というニュアンスになってきます。



「察するに余りある」の類語や言い換え

「察するに余りある」の類語や言い換え

では、「察するに余りある」と似たような意味や解釈ができる言葉には、どのようなものがあるでしょうか?

  • 「想像を絶する」
  • 「汲み取る」

「想像を絶する」

「察するに余りある」には、「どれだけのことか想像してもし尽くせない」という意味があり、そのことから考えると、「想像を絶する」という表現が類義語になります。

「想像を絶するトラブルが頻発している」「昨日読み終えた小説のラストシーンは、想像を絶する結末だ」というような使い方になります。

「汲み取る」

他に同義語としては、「汲み取る」という表現で言い換えることもできます。

元々の意味は、「水や液体などをポンプなとで汲んで捨てる」や、「他の容器に移し替える」という意味だったのですが、この意味が転じて、「他人の考えを推し測る」「理解する」という解釈が出てきました。

「人の気持ちを汲み取れる優しい性格の持ち主だ」

このような時に使われることがあります。

「察するに余りある」やその類義語には、相手の状況や心境を察する気遣いがありますが、微妙な心の変化や状況、表す繊細な言葉なのだと思います。

「察するに余りある」の使い方

「察するに余りある」の使い方

「察するに余りある」の使い方を考えると、具体的な状況では「心中察するに余りあります」といったような「相手を気遣ったり励ましたりする」際に、使われることが多い言葉です。

しかし、悲しい場面で使われる言葉ではなく、驚き、喜び、楽しさのある状況の中でも使うことができる言葉です。



「察するに余りある」を使った例文と解釈

「察するに余りある」を使った例文と解釈

では、「察するに余りある」を使った例文を見て、どのような場面で使うことができるのかを理解していくことにしましょう。

  • 「察するに余りある」の例文1
  • 「察するに余りある」の例文2

「察するに余りある」の例文1

「ご両親の心労は察するに余りある」

この時は、親御さんの自分の子供に対する心境は、とても複雑なことについての気遣いです。

子供が成長するに連れて、色々な悩みを抱えることから、両親の悩みは見ている立場としては何もできないのかもしれません。

「察するに余りある」の例文2

「優勝した喜びは察するに余りある」

前述したように「察するに余りある」は、必ずも悲しい場面だけで使う言葉でないことが分かります。

この例文のように、ゴールした時の達成感などもつれしさ察するに余りある」など、嬉しい場面でも使うことができます。

「察するに余りある」の語源

「察するに余りある」の語源

「察するに余りある」という表現の始まりを調べてみると、正確な語源や明確な由来を見ることができないのですが、構成される語句から読み解くことができるかもしれません。

「察する」とは、「思案する」1つの現れですが、相手の「悲しみ」などは、計り知ることができないものです。

その状態を見て、相手がどのような心境にあるのかを「思案」することになります。

言わば、「心中を察する」ということになりなることから、「察する」が使われるようになったのではないかと思われるのです。

「余りある」の状態は、「どうして良いか分からない」「手の施しようがない状態」をことを言っており、「手に余る」という言葉から「余りある」となったのではないかと考えられます。

このようなことから、「察するに余りある」が生まれてきたのかとしれません。

「察するに余りある」の英語

「察するに余りある」の英語

「察するに余りある」を英語で言い換えると、“imagine one's surprise.”となるでしょう。

「察するに余りある」の対義語

「察するに余りある」の対義語

「察するに余りある」の対義語としては、 「容易に想像がつく」という表現が挙げられます。

「察する」の反対の意味を持つ言葉には、「無関心」「見過ごす」があり、「余りある」の反対語としては、「足りる」があります。

そのようなことから、「察するに余りある」の対義語としては、「想像どおり」「予と通り」といった観点から、「容易に想像がつく」となるでしょう。

「察するに余りある」の敬語での使い方

「察するに余りある」の敬語での使い方

「察する」を敬語表現に置き換えると、「お察し申し上げます」という言い方になります。

そして「察する」は、「お」を付けるので、相手を指して「〜さんの心中をお察し申し上げます」

というような表現となります。

この言い方は、自分のことではなく、相手の心境や状態に対して発言する表現なので、相手が主役にすることがポイントです。

icon まとめ

このように「察するに余りある」と言う言葉は、相手の心の状態に配慮する言葉ですが、悲しく辛い場面だけでなく、うれしい場面でも使うことができるので、色々な所で使いこなせるようにしておきたいキーワードです。